野戦ドクター・森村 真希

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その事件をきっかけに、私はあるロシア人兵士と交流を持った。 彼と接した期間はごく僅かな時間であったが、それでも彼と過ごした短い期間は、私にとってとても刺激的だった。 私が知り合った兵士は、ロシア軍特殊部隊に所属するベア少佐。 話が長くなるので、何があったのかの詳細な説明は避けるが、私は彼に命を救われ、私も彼の命を救う出来事が、その事件の中で起こっていた。 その時、私によって命を救われたベア少佐が、私に対して言った命にまつわる話を、私は今でも鮮明に覚えている。 [世の中には、救うべき命とそうではない命が存在する。君は俺を救うべきではなかった。何故ならば、兵士である俺は、助けられた命でまた戦いに身を投じる事になるのだから] これは、私を助けるために負傷した彼を見舞った時に言われた言葉だ。 つまり彼は、命には確かに価値があり、だから助ける命も選別して然るべきものだと、医師である私に言ってのけたのだ。 [軍人である俺の意思は、国や軍の意思に準ずる。もし我々の国と君の国が軍事衝突した時、君にとって大切な者の命を奪う人間は、俺かもしれない。可能性は低いが、絶対にないとは言えないだろう? 君が救った男は、その可能性を実現しうる男だと言うことを忘れないで欲しい] 彼はこうも言っていた。 もしそうなってしまった時。 自分が救った命が、自分の大切な人の命を奪ってしまった時でも、それでも私が命の選別と言う行為を否定し続けられたのなら、彼は命の選別が必要だとした自らの考えを改めようと宣言して、私の前から姿を消した。 私は医師として、人の命に優先順位など存在してはならないと思っている。 その考え方は、今も昔も変わっていない。 だが、兵士の目線から命の価値について話をされた時、医師である私は、ベア少佐の考えを打ち崩す事が出来なかった。 そして、ベア少佐の命に対する考え方を聞いた私は、当時かなりのショックを受けたことをよく覚えている。
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