野戦ドクター・森村 真希

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私を含めた数人が、ヘリコプターで基地から離脱している最中、ヘリコプターの乗員である自衛隊の兵士が、しきりに耳元を抑えて、インカムから流れてくる音声を聞き取っているのが目についた。 やがて兵士達はインカムから手を離すと、皆一様に動揺し、怯えたようにヘリコプターを操縦するパイロット達と言葉を交わしている。 「おい、もっと速く飛べないのか? 無線の内容を聞いただろう?! 見つかったら終わりだ!」 「分かっている。だけどこれでも全速力なんだ。俺達だって必死なんだよ!」 兵士達とパイロットは、このような会話を何度も繰り返し話し合っていて、私には彼等が何らかのパニックに陥っているようにも見えた。 そう思った私は、咄嗟に私をナビゲートしている兵士を捕まえると、インカムで彼等が聞いた無線の内容と、今の状況を問いただしていた。 すると、すっかり青ざめた顔をした兵士が、私と視線を合わせる事もなく、ポツリポツリと言葉を漏らし始める。 「死神だ……北極圏の死神。前線基地を爆撃したのは奴らだ。あれに見つかったら殺される。殺される……」 兵士は私にそう呟くと、ガクガクと震えながら下を向いてふさぎ込んでしまった。 だが私には、彼等が何に怯えているのかが理解出来ない。 そこで私は、パイロットの元へ駆け寄り、北極圏の死神について訪ねてみることにした。 すると……… 「貴女達に退避命令が出るきっかけになった、我々の前線基地を攻撃した戦闘機隊の事です。ロシア北方艦隊、アドミラル・グズネツオフ級航空母艦に所属している戦闘機隊に、あのアメリカのトップガン達でさえも手も足も出ない戦闘機隊があるのです。我々はその部隊の事を、北極圏の死神と呼んでいます」 なる程。 私の頭の中でも、少しだけ彼等が怯える理由が分かってきた。 トップガンでも手が出せない部隊ならば、それに見つかれば、その部隊がもし私達と遭遇してしまったら、私達はひとたまりもなく砕け散る事になるだろう。 だが、私に北極圏の死神と戦う力はない。 今私に出来ることは、その死神と出会わないように神に祈る事くらいだろう。 だが、もし見つかってしまった時のために、私は私達の生命を脅かしたその部隊の名前くらいは覚えておきたいと思い、再びパイロットに話しかけてみる事にした。 「北極圏の死神の部隊名? もっとも奴らの事をそう呼んでいるのは我々やアメリカの同盟国軍だけで、私も詳しくは分かりません。でも、風の噂で一度だけ彼等の部隊名を聞いたことがあります。確か………【ベア隊】」 え!? う………そ………? ベア………隊? ベアってまさか………あのベア? 彼は戦闘機乗りだったの? ベアの名前を耳にした私は、途端に激しい錯乱状態に陥った。 「貴女の大切な人を傷つけるのは、貴女が命を助けた俺かもしれない……」 あの時ベア自身に言われた言葉が、私の中で無限にリピートされていく。
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