僕は亡くなった彼女の後を追いかける

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僕はある日、彼女を失った。言葉通りの意味だ。 交通事故だった。それも僕の目の前で撥ねられた。 青信号になり、彼女が少しだけ前に走った。そして、彼女が僕の方に振り返ろうとしたその瞬間だった。 大型トラックが突っ込んできた。 後で聞いた話だが、当時の速度は百キロを超えていた。運転手がスマホでゲームをしており、信号を見落としたのが原因だった。 即死だったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。瞬間は、激痛が奔り、僕なんかが言いしれようのない痛みがあっただろうが。 僕は高校に通学するため歩いていた。当たり前の日常のはずなのに、不意に彼女との日々が思い出されて、泣きたい気持ちになってくる。だから、自然と足取りは重たくなり、時たま、止まっては彼女のことを思い出していた。 彼女は僕にはとてももったいない人だった。頭も良い、人当たりも良い。老若男女問わず、万人から好かれていた。 彼女は常に笑顔を絶やさず、元気いっぱいな女性だった。そして何より真っすぐな人だった。悪口を言われたと聞けば、その人のところに出向き、その理由を尋ねた。そして、その理由をメモしては、自分が改善すべきところと判断すれば、すぐにそれを改善していくという、恐ろしいほどの行動力の持ち主だった。 だから、悪口を言っていた人も彼女のことは認めざるを得なくなる。白旗を上げると言った方が正しいかもしれない。 そんな彼女がよく口にしていたのは、将来の夢だった。 「わたしね、将来の夢は、世界中の子供を幸せにすることなんだ!」 それが彼女の夢だった。彼女は出自に関してだけは決して口にしなかったが、それが影響していることだけは教えてくれた。そして、その夢の成就に向けて、常に動いていた。 「この間、小学生に勉強を教えるボランティアに行ってきたんだけど、その子たちが超キュートだったの! ある男の子なんて、わたしと結婚してくれるんだって! ……って、君がいるんだから、断らなきゃダメじゃん、わたし!」 僕はひっそりと、彼女のような人が世界を良くしていくんだろうな、と思っていた。 しかし、彼女は死んでしまった。たった一人の人間の浅はかな行動によって。 彼女の葬儀の時、僕は彼女の遺影を見ながら決めたことがあった。 「僕は、君を追いかけることに決めたよ……」 涙交じりの必死に笑顔をを作り上げ、それを彼女らしいハツラツな笑顔をした遺影に向けながら、深い眠りにつく彼女にそっと告げた。 僕は道端にあるベンチに腰掛けて考える。勝手に流れてきた、一条の涙を拭いながら。 どうしたら、彼女を追いかけることができるのかを。 それにしても考えがまとまらない。少し前にある横断歩道が目に入っているだけなのに、君と渡ったことを思い出して、涙が出てきてしまうから。 どうしたら、君のところに行けるかな。 そんな時だった。猛スピードで走るトラックの姿が遠くに見えた。それも反対車線に飛び出している。明らかに異常事態だ。 そこで気が付いた。 でも、体は拒絶した。 正気の沙汰じゃない! そんなことはやめろ! 命を捨てるような真似は許さない! そう、体が叫び、体を硬直させる。 トラックの前に飛び出すなんて、それも異常な状態で、ブレーキを踏んでくれそうにないトラックの前に飛び出すなんて、自殺行為に等しい。 体の拒絶が脳に伝わり「死」という文字が脳みその中を満たしていく。 僕は彼女の後を追いたい。けれど、その文字が体の拒絶に脳が賛意を示す。 彼女の後を追え! 彼女との約束を果たせ! それでも、心の奥底からの声はやまない。それどころか、絶叫にも等しい荒げた声を出してくる。自分の心だけが、僕の本当の想いを教えてくれていた。 けれど、体が頭が、その声を拒絶する。 体、頭が自分の体を守ろうとするのは当然だ。暴走トラックの前に体を差し出すなんて行為を許せるわけがない。 でも、僕は、彼女を追いかけたい。追いかけたい。追いかけたいんだ! 喉がつぶれるのも構わず、心が叫ぶ。 いいから、明け渡せ! 体の所有権を心に寄越せ! 心が叫ぶ。とにかく叫ぶ。あらん限りの力を使って、体、頭に訴えかける。 体がついに根負けした。僕の本当の想いに、強い思いに身を委ねることを許した。 ふと、体が軽くなる感覚がやってきた。体が抵抗をやめたのだ。全てを心に明け渡した。 思考もクリアになった。自分が考えるべきことだけが、脳みそで満たされる。 僕は心の声に従い、トラックの前に飛び出した。 その瞬間、目にしたのはトラックの運転手が居眠りをしているところだった。 何て愚かな行為なのだろうか。 刹那、爆弾が爆発したかのような、轟音、周囲に響き渡った。
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