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自分のまぶたがゆっくりと開いていく。
全部開いた目が見たのは、白い風景だった。
ここは、天国だろうか?
「目、覚ました!」
女の人の声がする。だけど、そちらに首を向けることができない。何かに固定されているようだ。
辛うじて目だけを動かすと、そこに天使がいた。そこでここが天国ではないことに気が付いた。
天使といっても、いたのは白い羽が生えた天使ではなく、白衣の天使の方だった。そして、そのすぐ近くに白衣を着た医者がいた。
医者は僕の傍に駆け寄り、体を触り、異常がないかを確かめ始めた。
「うん、大丈夫そうだね。これなら、早々に退院できそうだね。よく頑張ったね」
それだけ言うと、医者は僕からそっと離れようとした。
だから、僕はそれを止めるために、その医者の袖をつかんだ。聞きたいことがあったからだ。
「僕は生きているんですよね……」
「そうだよ、生きてる」
「死ななかったんですね」
「そうだね」
医者が柔和な表情で受け答えをしてくれた。周囲にいる看護師たちも、優しい表情で僕を見つめている。
「……それで、本当に、大丈夫なのでしょうか」
「うん、大丈夫だよ。骨折したりとかも特にはないよ。検査の数値も異常はないから安心してもらっていいよ」
だが、それは僕が欲しかった答えじゃなかった。
言葉足らずだったことに気が付き、言葉を足す。
「二人とも、大丈夫なのでしょうか?」
そこまで言って、医者は意味を理解してくれたようだった。
医者が僕の頭に手を優しくおいてくれた。そして、膝を折り、視線を同じ高さに合わせてくれた。
「君のおかげで、二人とも、擦り傷程度で済んでいるよ」
「二人とも、無事、なんですね」
「そうだよ。君は、あの子たち二人の命を救ったんだ」
その言葉を聞いて、僕はようやく安堵の息を吐いた。そして、自然と笑みが漏れていた。良かった。本当に良かった!
僕はあの暴走トラックに気が付いた時、同時に、小学生が二人、横断歩道を渡り始めていたことにも気が付いた。
二人ともトラックには気が付いておらず、何もしなければ、とんでもない速度のトラックとの衝突は免れなかっただろう。
だから、僕は二人を何とかして死地から救うために飛び出した。死地に向かうのを拒絶する体を、頭を、心でねじ伏せて飛び出した。
結果、僕は気絶した。一心不乱だったから、いつから気絶したのかも覚えていない。
だけど、今、僕は生きていて、僕が助けた二人も多少の怪我で済んだ。これほどうれしいことはない!
「……うれしい、か」
正直、僕は自信がなかった。彼女が亡くなり、彼女の遺影に、彼女を追いかけると宣言はした。けれど、僕は彼女ほど子供という存在に思い入れがない。
だから、彼女の夢を追いかけるという選択はするべきではないのではないかと。
彼女の想いは彼女だけのものだ。僕の想いではない。だから、長続きせず、挫折するのではないかと。
けれど、これで改めて決心がついた。
たしかに彼女程、子供という存在に思い入れはない。だけど、それでいい。そんな僕でも、子供のために何かをしたいという想いがあることを、今回のことで確認ができた。命を懸けられる程、子供のことを思える自分がいることを確認できた。
僕はベッドに全身を預ける。医者や看護師たちはそっと離れて行った。
天井を超え、空のその先にいるであろう彼女に報告する。
「僕、君を追いかけるよ。君の夢だった、世界中の子供を幸せにするという夢を追いかけるよ。そしていつか、また君に会えたら言うよ」
今の僕にできることは決して多くない。だけど、目の前で困っている子供がいたら手を差し出そう。寄り添おう。その積み重ねがやがて大きな夢の成就へとつながっていくはずだ。
そしていつか彼女にまた会えたら言おう。
「僕は、君を追いかけた。君の夢を叶えた。そして、君を追い越したよ」
そう、言おう。
~fin~
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