金曜日の推し活

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 暇を告げ玄関に足を向けた蓮が、不意に振り返る。何用かとまどかが、戸惑いの表情を見せると口を開いた。 「あの。如月さん。  次回来る日なんですけど……」  蓮は言葉を切り、視線を下に落し決まり悪そうに口を噤む。次回は二週間後の金曜日に、まどかの元を訪ねることになっている。 なにか疚しいことでもあるのだろうか―。  まどかはあらゆる可能性を思案する。  暫し間が空き再度、蓮が口を開いた。 「すみません。次回の依頼キャンセルさせていただけますか」  思ってもいない打診に、まどかは暫し沈黙を貫き眼を(みは)る。  この一年、蓮から依頼のキャンセルを申し出ることはなかった。それ故、何か伸びきらない理由があるような気がしてならない。  その様子を見た蓮は、慌てて言葉を重ねる。 「違います。アプリを退会するとか、そうじゃなくて……。  実は大学の友人に、その日ご飯食べに行かないかと誘われて……。その日は用事があるからと、説明したんですけど、上手く断り切れなくて……」  困惑した表情で愛想笑いを浮かべ、早口で弁解を述べていく。  打診されたのは昨日のこと。カラオケの真っ最中であった。  歌か話か聞き分けの付かない、曲が終わった直後であったと記憶している。  まどかに話した通り、用事があると一旦は断ったのだが普段から、金曜日は何かと理由を付けて、友人らと過ごすことがない蓮を友人らは逃がすものか、と言わんばかりに少々強引に説得したのである。  友人らは食事と言っていたが、恐らく飲み会だろうと思案する。  カラオケも飲み会も、蓮には苦手分野である。友人が悪い人ではないと、これまでの付き合いで分かっている。更には、一緒に過ごす時間が嫌いな訳ではない。  ただ賑やかな場所が、どうにも自分には向いていないと思うのである。  まどかも蓮の発言に、合点が行ったかのように何度も頷いた。  大学生の蓮にとって、友人らと過ごす時間は今しか出来ないことだ。来年、最終学年になれば就職活動や卒業論文で学生生活は大半を占め、少なくとも就職活動が終わるまでは、友人らと遊ぶ時間は制限される。  まどかの大学時代がそうだったように。  故に、たった一度の二十一という年齢を楽しみ、大いに友人らと遊んでほしい。周りは “たった六・七年齢が違うだけで何言ってるんだ” と笑うだろうが、まどかはそう思案している。  と同時に、来年になっても蓮はこうして月に数回、金曜日にまどかの元へ料理を作りに来てくれるだろうか、と思案する。来年も、蓮は自分の推しでいてくれるだろうかと。  蓮にとって、まどかの依頼をこなすことは、金銭的なやり取りがある以上バイト感覚なのだろう。これから就職し、収入の保証があればこのようなことをする必要はない。  もしかしたら来年、最終学年に上がるタイミングで退会する可能性も充分に有り得る。この日常が、一年後も変わらない保証などどこにもないのだ。  この一年、考えないようにしていたことが、一気にまどかの頭の中を駆け巡る。  だからこそ、蓮とのやり取りを来てもらえる時間を、大切にしなければならない。幾ら、蓮を推しているとは言え、彼の人生を縛る権限はまどかにはない。 「約束、反故にしてすみません」  蓮は深く頭を下げ、謝意を示す。まどかは納得、不安、寂しさ、様々な感情を抱えたまま頭を振った。 「その代わり、次回の依頼は如月さんの好きなもの作ります。一度、キャンセルにするのでお詫も兼ねて。  何が食べたいか、考えておいてください。  それから、焼き鮭余ったので、ご飯に混ぜ込んでおにぎりにしておきました。冷蔵庫の中に入っています。  明日の朝ごはんにしてください」  どこまでも抜かりない。 「では、失礼します」蓮はふっと笑い踵を返す。  バタンという、玄関の扉を閉めた音が一人きりの部屋に虚しく響いた。  次、蓮が訪ねるのは七月の中旬。その頃には、梅雨明けしてほしいと願うまどかである。
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