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まどかのアパートを訪ねてから二週間後。
蓮は友人ら三人と、食事をするために大学からほど近い店にいた。
二週間前は、雨が降り肌寒い程だったが、この日は打って変わって真夏のような強い日差しが照り付け、テレビから “梅雨の中休み” という言葉が聞かれる天候となった。
金曜日と言うこもあってか、店には大勢の男女が訪れ喧騒に満ちている。
蓮は四人掛けのテーブルの椅子に腰かけながら、周りを見渡す。ざっと見た所、他の客は蓮らと同じ大学生か仕事帰りと思わしき人ら、二・三十代だろう。
テーブルの上には、フライドポテトと唐揚げの盛り合わせ、焼き鳥、つくね、枝豆、出し巻き玉子、オムそば……といった居酒屋の定番メニューから、チーズの入ったいももち、エビのアヒージョ、チョレギサラダ、といった変わり種が所狭しと並んでいた。
更にテーブルの中心に、誰が頼んだのかロシンアンルーレットたこ焼きなるものが、堂々と鎮座している始末である。
蓮は友人らの、今月末に行われる前期の期末考査とその先にある夏休みの話題を聞き流しながら、フライドポテトにケチャップを付けながらもそもそと食べている。
フライドポテト発祥の国ベルギーでは、ケチャップではなくマヨネーズを付けて食べるのが主流だ、と見聞きしたのは数年前のことだったか……。
そう思案していると、店員の「お待たせいたしました。ポキ丼です」という声が聞こえてきた。
「それ頼んだの俺です」
蓮は小さく手を上げ答える。店員は蓮の前に、どんぶりを置き「ごゆっくり」と声を掛け、身を翻した。
蓮の目の前には、ご飯の下にアボカドとマグロやサーモンをタレで混ぜ合わせた具が乗ったどんぶりが置かれた。
蓮が注文したポキ丼は、主にハワイで食べられているどんぶりものであり、ご飯の下にアボカドとマグロやサーモンをタレで混ぜ合わせた具を乗せ食べる、いわば海鮮丼のようなものである。
「いただきます」蓮は匙を取り、どんぶりを食べ始める。
その姿を、友人らは呆気に取られて見つめている。
「蓮って、そういうとこあるよな。なんていうか、我が道を行くっていうか」
友人の一人がそう呟いた。他の友人らも、頷いている。
その声に蓮は手を止め、飲み込みおしぼりで口元を拭うと、グラスに入ったウーロン茶を一口飲み口を開く。
「いやだって、俺お酒強くないし。つまみだけじゃ、物足りないなと思って。ご飯ものを食べようと……」
話していくうちに、友人らが苦笑いしていることに気づく。
蓮以外、他の三人の目の前にはそれぞれビールやハイボールといった、アルコール飲料が入ったジョッキやグラスが置かれている。
蓮もお酒が全く飲めない訳ではない。ただ、こうした飲み会の席では飲めると知られると、面倒なことになるのは目に見えている為、あえてアルコールを口にしないようにしている。
友人らの表情を見、蓮が恐る恐る口を開く。
「あ……。やっぱ俺だけ頼んだのってまずかった……?」
蓮の一言に、友人のらは揃って頭を振った。その反応に、ほっと胸を撫で下ろす。
蓮がどんぶりを食べ終わり暫くすると、友人の一人が蓮の名を呼ぶ。
「前から聞きたかったんだけど、蓮って金曜日なんか用事?
別に変な意味じゃなくてさ、今日も最初断ったじゃん。用事があるって。
なんかあんのかなぁ…て」
友人の問いに蓮は平然を装い、取り皿にサラダを取る。
友人らには、まどかとの関係はおろか料理が趣味だとも公表していない。
近年、ジェンダーギャップという言葉が浸透し、男性でも料理が趣味という声も多い。第一今の時代、男性だから料理が出来ないという言い訳は、通用しなくなっている。
しかし、未だに “料理は女性のもの” という風潮が強く、調理器具などのCMに出演しているのは、大抵女性である。
そのようなことから、蓮は男性の自分が料理を趣味とし、更には女性の元へ料理を作りに行っていることを、後ろめたく思っており、親しい友人らにも話せずにいる。
「別に話すほどのことじゃ……」
どうこの場を切り抜ければ良いのか分からず、しどろもどろになる。
「俺らには話せないこと…なのか」
「そうじゃなくて……」
友人の追求とも取れる物言いに、蓮の視線が下に落ちる。
予想外の反応に、友人らはアイコンタクトを取る。一人が口を開いた。
「あのさ、別に蓮のこと追及しようとしてる訳じゃないんだよ。
ただ、俺らに隠していることや悩んでいることがあるんだったら、話して欲しい」
「蓮さ、あんま自分のこと話さないだろ。秘密主義っていうの? だから、俺たちの知らないところで悩んでるんじゃないかって思ってさ。
ま、言いたくなければ無理強いはしないけど」
「確かに、出会ってから随分経つけど、蓮の趣味とか聞いたことないもんな」
その言葉に、蓮を除く他の三人が笑い合う。
友人らの言葉と態度に、自分は友人らからそのように思われていたのかと、眼を瞬かせる。他人が抱く、思ってもいない自分の印象に唖然とする蓮である。
自分のことをあまり話さないのは、あらゆる誤解をされたくないからである。決して、深刻な悩みがある訳ではない。
蓮は深いため息を吐き口を開いた。
「分かった。話せばいいんだろ。金曜日なにをしているか」
友人らの瞳を真っ直ぐ見つめる。
ジーンズのポケットからスマホを取り出すと、cooking meet のアプリを起動させ、友人らにスマホを向ける。
「これって……。確か……」
「料理のマッチングアプリ……」
「今、話題のやつだよな」
友人らの発言に蓮は頷く。
「じゃあ、金曜日に料理を作って貰ってるんだ?」
「そっか、蓮一人暮らしだもんな。
分かるわー。俺も誰かに料理してもらいたいもん」
「お前は実家暮らしだろ。何言ってるんだ」
「いや。一人暮らしだと仮定した場合の話」
「俺さ、これ登録しようかと一時期本気で考えててさ。
良いよな。まぁ、お金かかるけど外食よりも安価で。外食するより安上がりじゃん」
やっぱりこうなるのか―。
誰も、蓮が料理を提供する側だなどとは微塵も思っていないようで、話だけが広がり収集が付かなくなる。
蓮は再度、大きくため息を吐く。
「違う。そうじゃない」
声に棘が混じる。蓮の低い声に、友人らはぴたりと話を止め、蓮を凝視する。
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