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「違うって、どういうことだ?」
友人の一人が恐る恐る言葉を発する。
「料理を提供してもらう側じゃないってこと。
月に数回金曜日に、料理を作りに行ってる」
簡潔に言い切る。
十秒ほど沈黙が流れ友人らは皆、「えっ?」と口を開けたまま身じろぎひとつしない。まさに、絶句という言葉が良く似合う表情。
やはり三人とも蓮が、料理を提供する側だとは微塵も想像していなかったらしい。
友人らが次々と、蓮に質問を浴びせる。
「蓮。その、作りに行ってるっていうのは他人に?」
「もちろん」と頷く。
「要するに他人のアパートとかで、料理を作る訳だろ? 勝手が違ったりしない?」
「いや。今、依頼を受けてる所は大抵の調理器具が揃っているから、不便って思ったことはない。足りなかったら、持っていけばいいし」
蓮の言葉に、感嘆の声を上げる。
その後アプリはじめたきっかけや、期間や得意料理を尋ねられたのはまだ許容範囲である。
このまま、話が可笑しな方向に進まなければ良い―。
蓮としては、料理が出来る自分や依頼主のまどかに対して、根も葉もない噂が立つことを一番懸念している。
だが、蓮の希望はあっさりと打ち砕かれた。
「しかし、蓮が料理できるとはなぁ……」
「確かに。だって如何にも今風の若者ですって、感じじゃん?
料理するイメージがない」
「な。大学でも昼はカップ麺とかパンとか、そういうもんばっかだし」
「お弁当作って持ってきたとこ見たことない」
その言葉に、小さな笑い声が上がる。
「でもいいよな。料理が出来る男性って。なんかモテそう」
「分かる。あー俺も登録して蓮に料理作って貰おうかな」
話がなにやら可笑しな方向に進んでいく。
「なぁ、依頼人ってどんな人? 男性? 女性? どっち? 」
話の広がり方に蓮は眉間に皺を寄せる。
勘弁してくれ―。
話を聞きながら、ウーロン茶を飲んでいた蓮は無造作にグラスを机の上に置く。大きな音がし、友人らは口を噤んだ。
「こうなるから、言いたくなかったんだよ。
料理が趣味だってことも、アプリのことも」
無意識に声が低くなる。
それまで矢継ぎ早に質問を重ね、好き勝手話していた友人らはそれぞれ「悪い」と呟く。
「料理は生きるための術なんだよ。俺にとっても依頼人にとっても。だから、男性だからとか女性に媚び売るとか、そんなこと考えたこともない。
自分が作った料理を食べて、美味しいと思ってもらえるのならそれで充分だ。料理のスキルが、誰かの生きる術になるのなら尚のこと。
それと依頼人のことは、守秘義務だから話せない。俺たちが、依頼人のことを外部に漏らせば、信用はなくなる。
俺はあの人の信用を裏切りたくない」
険しい表情で言い切ると、一旦口を噤む。
ふっと険しい表情を解き、再度口を開く。
「ただ……。依頼人のことをひとつ言うとしたら、俺はその人を気に入ってる。
好き嫌いがなくて、どんな料理を作ったとしても必ず残さず完食してくれる。そんな人だ」
先程とは一転して、穏やかな声音と表情。
出会ってから今まで、蓮の趣味や考えをあまり聞いていなかったからか、友人らは熱弁する彼を呆気に取られて見つめている。
ここまで話せば、もう追及はされないだろうと思案する。
だが、考えが甘かったらしい。
「蓮の考えは分かった。俺たちも、色々好き勝手喋って悪かった。
因みに蓮はいつまで、その依頼受けるんだ?」
言ってる意味が分からず、 蓮は「えっ?」と眉を潜める。
蓮としては、少なくとも大学前を卒業するまで、出来たらそれ以降もまどかの依頼はこなすつもりでいる。
「いや。だって、俺たち来年は就活や卒論に忙しくなるし、蓮も院まで進もうとは思っていないんだろ」
蓮は「まぁ……」曖昧に頷く。
家族に院まで進みたいと、言えば快く承諾してくれるだろう。だが、院まで進んで学びたいことや、研究したいことがある訳ではない。
「なら、そろそろ将来のこと考えなきゃヤバいだろ。この夏休みは、インターンもあるし」
友人の言い分は至当である。
蓮たちが通う大学では、学部・学科に関係なく三年の夏休みに就職支援として最低二遊間〜最長一ヶ月間インターンシップへの参加が必須とされている。蓮も既に、とある企業へ約三週間のインターンに参加することが決まっている。
「俺だって、考えてないこともないけど……」
そうは言うが、蓮の歯切れは悪い。
正直、蓮は自分が何に向いているのか、将来何をやりたいのかよく分からずにいる。ただ、なんとなく今学んでいることを活かして、家に関わる職に就きたいとは思っているが、具体的にと言われると未だに不透明なままである。
大学に入る前は、興味がある分野を学べば自ずとやりたいことが見えてくるものだと思っていた。また、クラスの大半が大学に進学するという状況で、自分だけ大学に進学しないという術はなく、言わば流れに乗ったと言っても過言ではない。
胸にモヤモヤした煙のようなものが溜まっていく。
友人は蓮の胸中など知らぬまま、更に口を開く。
「それに、蓮はその依頼人のこと気に入ってるって言ったけど、依頼人がこれからも蓮を選んで…今風に言うと推してくれるとは限らない。
引っ越しやパートナーが出来たりで、いつかは蓮を必要としなくなる時がきっと来る。
依頼人が蓮の料理を残さず完食しているのも、もしかしたら依頼している側だから…ということもあり得るだろ。
アプリに金銭的なやり取りが存在する以上は、依頼人の言動が全て本心だと思わない方が…と思うのは俺の考え過ぎだろうな」
友人はふっと笑う。
「まぁでも、依頼人が蓮を選んで代金を払ってくれるのは、それだけ蓮の料理が魅力的だってことなんだろうな。
ある意味、推し活に近いんじゃないか? ほら、女子がアイドルのライブに行ったりグッズ買ったり、俺がオンラインゲームに課金することに近い気がする」
推し活ー。
確かに…と、蓮は思う。
「だから、いつでもいい。一度でいいから、お弁当とか作ってきてくれると嬉しいなーって。
口止め料的な?」
友人の茶化すような口振りに、蓮は思わず吹き出す。
「なんだそれ。
結局、料理食べたいだけだろ」
蓮の言葉に、他の三人も「バレたか」と笑い声を上げる。
楽しい時間が過ぎていく中、蓮の胸中にあるモヤモヤした煙のような感情は更に濃くなっていくのを感じていた。
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