夢を見る

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雪が姿を現さなくなったという連絡は年明けすぐに、雪の祖母からきた。 「雪ちゃんまた閉じこもっちゃって」 「はぁ、そうですか。まあ任せてください」 家から出ないというだけなら、たまにあったし、深くは考えていなかった。それぐらいなら、雪に会う口実ができたと思って、それなりに乗り気でもあった。 しかし実際は想像以上に深刻で、あの森の中にある家に行くと、いつも雪は留守だった。扉をこじ開けて中を確認しても、毎日もぬけの殻だった。あんなボロい家に住んでいれば、多分足音でわかるのだろう。雪は俺を含めた人間全てを避けて生きている。それでも本当に、何一つ俺の思いどおりに行動してくれない人だと、味を確かめるように、雪に毎日会いに行った。 そして会えないまま冬休みが終わった。学校にも来てないと聞いた時、数週間、雪は一人でなにをしているのだろうか。本当にどこか森の中で死んでいたらどうしようと、最悪の事態を想定したりもしたが、雪に一番近しい人間は自分だと高を括っていたし、雪に会いたがる人も自分だけだと思っていた。だからもし死体で見つかっても自分が一番最初に見つけられるという可能性に、全身の血液が沸き立つのを覚えた。それぐらい悠長に考えていた。 「志木先生に頼んだら?」 「は?誰そいつ」 しかし俺と雪の間に、予想外の人間がぽっとでてきたのだ。 「え、知らないの?流石に興味無さ過ぎない?」 「だから誰?知らないんだけど」 「ほら、去年入ってきた人だよ。若くて塩顔のイケメン先生。春くんよりは劣るけど、春くんと同じぐらい人気者だよ」 「知らない、てかなんでそいつに頼まないといけないの?」 俺の反応を見て、夏希は口を開け目をかっびろげ、腑抜けたあほ面を見せてくる。 「えぇー知らないのぉ?志木先生、3ヶ月ぐらい付きっきりで雪ちゃんのカウンセリングしてるんだよ」 「は?それ本気で言ってる?」 雪がカウンセリング?あんなに自分から話をしたがらない人が、話を聞いてもらうようなことするなんて、天と地が逆転するぐらいありえないだろ。 「本気だよ、たまに屋上で二人でいるところを見たことあるけど、雪ちゃん満面の笑みで楽しそうだったし、多分あれは結構仲良しだねえ」 「見間違えだろ」 「いーや、あれは雪ちゃんが気に入ってるって感じだったね」 「本当に言ってんの?」 想像以上に夏希が真剣な顔をするから、雪が赤の他人と楽しそうに話す姿を想像してしまった。あの雪が、誰かのために言葉を発する。誰かに向けて、笑う。いや、でも絶対に有り得ないだろ。雪はあの事件から、俺を含めた人間誰1人信用しなくなったはずだ。 「連れてきてくれない?そいつのこと」 「ええーほっぺにチューしてくれたらいいよ」 「気持ち悪」 「はいはい、んじゃ放課後呼んでみるわ」 あの難儀な人が、それでも笑顔を見せた相手。どうせ無害そうなひょろひょろの男だろう。一時の気の迷いかなにか。憂さ晴らしみたいなもの。それなりに自分の容姿に自信がった俺は、それでも事の重大さを理解していなかった。
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