夢を見る

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「そういえば志木先生かっこよかったでしょ」 「ただ眼鏡かけてるだけじゃん」 夏希とよく行く店の途中。夏希は思い出したように、あの男の話を始める。 「私は春くんみたいな長髪美男子も好きだけど、ああいう塩顔淡白イケメンも人気なんだよね」 「へぇー」 確かにああいう系統の男は無害そうで、取っ付きやすそうと俺でも感じる。女の子たちが好きになるのは、ああいう穏やかそうな雰囲気を纏う大人なのだろう。ある程度、強引にいっても許してくれそうな感じ。 「雪ちゃんも面食いだったのかも」 「俺を拒絶しておいて、有り得ないでしょ」 「ははっ、笑っちゃうほど高飛車だねぇ、まあそんな所も好きだけど」 口では否定したものの、雪の笑った顔を数年見ていない俺は、色んな可能性を考え続けた。志木渉。あんな男と会っていた理由は一体何なのだろう。俺が話しかけても一言二言ぐらいしか口にしないのに、あの男にはペラペラと色んな話をしたのだろうか。あいつの優しさに絆されて、俺のことまで話してしまったのだろうか。足の底から、薄汚れた感情が湧いてきて、神経を鈍くさせる。ああ、嫌だ。嫌だなと唱えても、生まれてしまった事実からは目を背けられない。 「女ってのは、私だけ特別っていう待遇が好きだからねえ。雪ちゃんがもし普通の女の子だったら、あの関係は楽しくて仕方がないでしょ」 俺の曇った表情を見た夏希は、また何も言っていないのに、余計なことを言ってきた。 「雪は夏希みたいな浅はかな人じゃないから」 「あはっそういう人じゃない、じゃなくて、そういう人じゃないはずだ!そうでいてくれって願望でしょ」 田舎の夜道は、砂利を踏む音がよく響く。夏希の足取りはとても軽やかで、俺の足取りが重く感じるのと対照的に、彼女は楽しそうに前を歩いている。俺はその後ろ姿をじっと見つめた。 確かに夏希の言う通りだ。浅短な俺の思考回路は雪を都合よく解釈している。雪がそんなことするはずがないって、子供が駄々こねるように押し付けて、本質を見ようともしていない。 「それに、春くんには聞こえてたか知らないけど、志木先生が言ってた話、あれ雪ちゃんのことでしょ」 夏希はそう言うと、立ち止まり振り返った。意図せず視線が重なる。夏希は冷ややかな目で俺の不安を煽ってくる。俺は無意識に唾を飲み込み、身構えた。 「話?」 「えー、聞いてないの?まあ、簡単に言えば、生徒に依存されたくないっていう話。志木先生は多分、人に飲み込まれやすいタイプだから、雪ちゃんと二人でずっと居て、雪ちゃんに依存していく自分が怖かったんじゃないのかな」 「何それ」 「雪ちゃんしか見てない春くんには分かんないよ、人に依存していく怖さは」 依存していく怖さとは、一体何を意味しているのだろう。雪のあの独特な風貌に対して感じるものか、それとも雪を独り占めできる快感に溺れることへの恐れか。それとも、何も話さない雪のような人間に依存してしまうことへの恐怖か。 結局は、ギャンブルでもアニメでも、依存の先には生身の人間への羨望が存在する。雪に対しても同じだ。接していて楽しいと思う反面、いつか自分の欲しいものが得られるだろうという期待が混じっている。もしかしたら志木渉も、そういった期待が大きくなりすぎて、怖くなったのだろう。自分も一度はまった沼に、あいつも足を絡め取られてしまったのだろうか。
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