夢を見る

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○ 「先生、もう2人きりでは会わないんじゃなかったんですか?」 「今それどころじゃないでしょ」 戸の隙間から覗いて見えた景色に、私は思わず息を飲んだ。そこには、夕焼けで橙色に染められた部屋の中で、真っ赤な血に塗れた彼女が、項垂れるように床に座り込んでいた。 私は慌てて家に入ったが、込み上げる鉄の匂いに押され、二の足を踏んだ。そしてその匂いの原因が彼女の流した血液だと理解した瞬間、私の体は拒否反応の起こし、胃から込み上げてくる液体を必死に飲み込んだ。 子供を守らなければ。その一心で、段々と息が荒くなっていくなか、私は彼女の腕を掴んだ。 「触らないでください」 「じっとして!」 自分でも聞いた事のないような大きな声が出て、彼女の身体が跳ねた。私は力任せに華奢な手首を握りしめた。なぜだか血溜まりの根源は、見なくても想像がついた。 「先生のそんな声初めて聞いた」 彼女は、他人事のように笑った。そして私がどうしてこれだけ焦っているのか、分からないといった様子で、おっとりとした表情をして、私の視線に入り込んできた。 「焦った顔してる」 「雪さん。いい加減にしてください本当に」 「先生なら絶対に来てくれると思ってた」 なんでこんなに落ち着いていられるんだ。この出血量で、どうしてまだ虚勢を張れるんだ。痛みや焦り、死ぬかもしれないという怖さは無いのか彼女には。ダメだ何一つ理解できない。何も分からない。 ちぐはぐな状況を目の前にして、初めてその境地に至った私は、恐怖に支配され、彼女の家に行くまでの葛藤や大人としての在り方など、ここに来るまで考えていたこと全て消え失せてしまった。 「血が止まらない」 「大丈夫、安心して先生」 まるで怪我をして泣き言を言う私を慰めるように、彼女は優しく微笑みかけた。その笑顔は、狂気に満ちたものであった。
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