現実を知る

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子供は宝だ。子供は親を見て育つ。 「農家の子供は農家になるんです。産まれた時から、この子は農家の子になるんだって、この町の親はわかるらしいですよ」 同じ場所、この談話室でした、彼女との何気ない会話。猛暑だったあの日、半袖の制服を捲りあげ、真っ白な腕を出し、どこから出してきたかも分からない、ボロボロの団扇で仰いぎながら、そんな話を始める。 「畜産農家の子供は畜産農家に、役所の子供は役所の人間に。女も同じ。母親が農家に嫁いだなら、その娘を農家に嫁がなければならない」 「昔はそうだったのかもしれませんけど、今はネットが普及して、こんな田舎でも簡単に外の世界と接続できますからね。もうすぐ破綻しそうではありますよね」 この高校の生徒が進学の道に進まず、働く理由はそこにある。誰も大学に行きたいと言わない、町を出たいとは言わない。それでこの町は機能してきたから、誰もそんな自由があると、口にしないし、知ろうともしない。それが当たり前で、自分の生きる道だと信じて疑わない。 「じゃあ、先生に問題です!犯罪者の娘は、何になるでしょう」 暑さで溶けて机に突っ伏していた彼女は、身体を起こすと、いいことを思いついたと言わんばかりの声色で、私に向けて意地悪な質問する。その表情は、悪知恵を働かせる子供のように無邪気なものであった。 「さぁ、しがらみが無い分、好きなような人生を歩むんじゃないんですかね」 「ブッブー。先生、この町の大人なら、犯罪者の娘は絶対に悪いやつになる!ぐらい言ってくださいよ」 彼女はそう言うと、また机に突っ伏し、団扇で扇ぎ出す。私はそんな様子を見て、部屋の端にあった扇風機の首振りを止めて、彼女の傍寄せた。 「腐っても科学を教えている教師なんで、そんなことは言えないですね」 そんな科学的根拠のない話。信じる奴がいるなら、閉鎖的な場所を好む、考えを放棄した老人ぐらいだろうなと思っていた。だからそんなことを心配する必要はない。だってほら、私が信じていないのだからと、私は彼女への態度で、彼女に教えてあげられていると簡単に考えていた。
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