夢を見る

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○  田舎に住むメリットは、出費を最小限に抑えられることだ。住む家も、買う食材も、都市部に比べてはるかに安い。以前住んでいた場所では、週に六日、八時間以上働いても貯金はほとんどできなかった。しかし、ここではそれなりの生活をしても、ある程度お金が余るのだ。べつにお金に執着しているわけではない。ただ、仕事をしてお金を稼ぎ、それを生活に使い、また仕事をするという無限ループの中で、自分が生きている意味を見失ってしまった。だから少しでも未来を見据える余裕が欲しくて、この町に引っ越してきた。  でも当然、田舎には田舎特有の住みづらさもある。この町には、都市部にある寛容と無関心は一切ない。衣食住は全てご近所付き合い込みで考えられているから、他者を受け入れてこその環境だ。だから暗黙のルールで、外出中以外は家の鍵を閉めてはいけないというものがある。もし在宅中に玄関の鍵を閉めれば、あの人は怪しいことをしていると噂を立てられるぐらい、その罪は重い。まあそれで互いに悪いことをしないように監視しあって、平和な町を維持し続けているから、ある種の等価交換みたいなものだ。みんな家族みたいなもの。そんな聞こえのいい言葉で納得しなければならない。 「先生はタバコを止めるべきです」 「屋上は立ち入り禁止ですよ」   ここにも過干渉が1人いる。 真冬の学校。鋭利な風に吹かれながら、彼女は屋上の出入口のそばに立っている。生徒は屋上に立ち入ってはならない。そのルールを守っているつもりなのだろう。 「そのタバコほど無意味で無価値なものはないですよ」   遠くからでもわかる、ハッキリとした天使の輪を被り、目に刺さるほどの真っ白な肌を、こちらに向かって伸ばす。 私はそんな光景を見て、絶対に人を指さしてはダメよと、事あるごとに言っていた祖母の教えを思い出す。 「この世に存在しているもので、無意味で無価値なものなんてないですよ」   当時理解することも無く、ただ守っていたあの教えも、たった今確かに意味があったのだと、時間をかけて知ることだってある。だから思うのだ。この世に無価値なモノも、無意味なモノも無い。その価値が理解できないのなら、それはただ自分が無知なだけだということ。   「いや、あります。先生が吸っているそれは、近くにいる人を無差別に傷つける凶器です。害しかないし、ない方がずっといい」 「嫌なら、あっちに行っててください」 そう言って煙を手で払ったが、毒の気体は風に逆らい、彼女の方へ流れていく。どうやら、風は彼女の味方らしい。それを吸い込めば、彼女の健気な肺が汚れてしまう。バカでもわかる分が悪い状況に、気まずくなり、少し考えたあと、灰皿に四分の一ほど残ったタバコを押し付けて消した。 「あーあ今、百円捨てましたね先生」 「本当にうるさいな」 その様子を見ていた彼女は破裂したように笑った。そんな姿に、私は無垢な少女の面影を見た。
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