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しかし何もかも甘かったらしい。弘中雪の境遇も、自分の共感能力の低さも、この町の空気感も、想像を超えるほど複雑な世界がそこには存在した。
弘中雪のカウンセリングを初めて1ヶ月。まだ暑さが残る日だった。西日が指す、職員室。夕方になっても蒸し暑い職場に慣れてきた時、コーヒーと、タバコと、発酵した体臭が混ざったような、悪臭を纏いながら、弘中雪の担任だという浜崎先生は、私の元に来た。
「最近、弘中雪と親しくしすぎじゃないですか?」
察知能力が低いと自負する私にでもすぐに分かった。浜崎先生の言葉がそう発した瞬間、蒸し暑い部屋の雰囲気は瞬く間に、氷のように冷たくなった。私は周りを見回した。職員室にいる教員たちは、チラチラとこちらを見ている。ずっと聞いてみたかった、ずっと気になっていたと、各々の視線がそう私に告げる。
「そうですか?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか、とは?あまりにも身に覚えがないのですが」
私のとぼけた質問に、浜崎先生は丸太のように太い首を横に傾げる。
「いやーね、我々のせいで、大変な仕事を押し付けられて、しかもこんなことになるなんて、思ってもいなくって…」
こんなこと?
思い当たる節がひとつも無かった。その頃はもう既に、弘中雪はよく喋るようになったし、私との無駄な話を楽しむ姿勢を見せるようにもなった。
「いや、え?」
「ほら、色々とね」
私は自分の頭を整理するために、一つ一つ彼女との記憶を辿る。
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