夢を見る

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冬は日が短い。だからか白川夏生は早足で、客で賑わう商店街を抜け、田圃道を歩く。私も懸命に後を追い、知らぬ間に雑木林に入ってしまったことに気がついたのは、それから数分がたった時のことである。 森の中の舗装された道を歩く中、耳を済ませると、未知の生物の鳴き声が聞こえてきた。それは時折り羽音を響かせ、木々を揺らす。確かにそれはどんどん近づいている。そう思ってしまうのは、恐怖心からくる幻聴か。 このあたりは引越してきたときに、役場の人から、野生動物が出るから入るなと言われていた場所だった。そんな危険地帯に、こんなにもあっさり入られるなんて、街との境ってなんて曖昧なんだという驚きと、それでもどんどん前に進む白川夏希の慣れに、感情が行方不明になっていく。 「はい、ここ!この坂を上がった所ね」 彼女は急に立ち止まった。 「ここですか…」 指さす先には、写真以上の雰囲気が広がっていた。建物の壁には、深緑をした太い血管のような(つた)が何本にも渡ってしがみつき、屋根は、雨漏りが酷いのか、ブルーシートが二重で敷いてあり、人の住む家というよりかは、閑散とした街によくある手入れされなくなった空き家のようだった。こんな家に住んでるだけで、常人なら誰でも精神に異常をきたすのではないだろうかと、失礼なことを思ってしまうほど、それは強烈だった。 「じゃあね、わたるん」 建物に見入ってると、少し離れた所で声がした。知らぬ間に彼女は、来た道を戻るように、歩みを進めていた。 「ちょっと!」 まずい、1人にはされたくないと、声をかけるが、 「あー聞こえないよーばいばいー」 彼女は背を向けたまま私に手を振った。 嵌められた。いや違う私のミスだ。彼女に対して、何一つ精査出来ずに、ここまで来てしまった。女子生徒と二人なら、怪しまれずに済むが、私一人なら話は別だ。背丈の大きい眼鏡の男が人気の少ない山奥で突っ立っていたら、近隣住民は不安に思うかもしれない。もしかしたら通報されて、大きな騒動になる可能性だってある。ああ、どうしよう。彼女の後を追うか?でもあの生徒に、あの人は私の願いを無視したと、噂を流されるかもしれない。教員は一度でも舐められれば終わりだ。その印象を払拭するには、壮大な過程と努力が必要になってくる。 「はぁ、もういいか」 もうここまで来たら、ちゃんと教師としての職務を全うするべきか。 私は意を決して弘中雪の家の扉の前まで向かう。そして深く息を吸って吐いた。微かに震える手を力強く握りしめ、古びた木材の戸を数回、なるだけ優しくそれでいて中の人には聞こえない大きさで叩いた。
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