ダイブ!

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ダイブ!

 いつも通りに早起きをして散歩に出かけた孤独な青年ジム。  自然豊かな風景を眺めながら30分ほど歩き続け、周囲に誰もいないのを確認してから橋の上で立ち止まり、激しい流れの川を見下ろした。  密かに楽しみにしていた業務中のオンラインゲームをしているのがバレたため解雇され、もともと少なかった貯金が底をつきそう、誰かに相談したくても人付き合いが苦手で薄い人間関係しか築けないものだから頼れる相手がいない。    両親、兄弟とは仲が悪く何年も連絡を取っていないし、取りたいとも思わなかった。  これまでに経験してきた喜びの総量は同じ年齢の他人と比べて少ないだろうな、と人生を振り返った。 「ジム、お前は随分と頑張ってきたよ。これは思い込みなんかじゃなくて……事実なんだろうけど……お前は本当に駄目なヤツだった。でも、やっと苦しむのを終わりにできるぞ。ここから飛び降りればいいだけ。簡単なことだろ?」と呟き、深呼吸してから「行くぞ!」と欄干から身を乗り出した。  その時、川の中でホワイトのゲーミングチェアが「助けてくれー!」と叫びながら、ジムがいる橋の方に流れてくるのに気づいた。 「お兄さーん! 橋の上にいるお兄さーん! 早く! 早く俺を助けてくれー!」とゲーミングチェアが叫んでいるのに気づいたジムは反射的に橋から飛び降りた。  自分の死のためではなく、ゲーミングチェアを助けるためだ。  そこでゲーミングチェアが、「お兄さーん! タイミング! タイミング! ちょっと早いよー!」と落下中のジムに対して激怒する。  ジムは状況を理解できないまま「文句言うな! こういうの初めてなんだから!」と叫びながら着水した。  しかし、そこでジムは激流に流されながら泳げないことを思い出し、舌打ちをした。 「おい! 冗談だろ? お兄さん、泳げないのかい?」と即座に状況を理解したゲーミングチェアは自分の少し前を流されていくジムに訊いた。  「そっ、そうだ! 俺、泳げないんだ!」  ジムは顔を精一杯ゲーミングチェアの方に向けて答える。すっかりと死ぬ気はなくなり、なんとしても生きたいという気持ちでもがき続けた。 「仕方がない。アレを使うか……」  重々しい口調でゲーミングチェアが言った。 「なんだ、アレって?」 「巨大化能力のことさ。巨大化した俺に掴まって川の外へと脱出すればいい。しかし……代償がデカすぎるのだ。さて、どうするべきか」 「そんなに危険な代償なのか?」 「いや、危険というわけじゃない。ただ……」 「何だよ! 危険がなくて助かるなら早くやって!」 「くっ! 仕方がない! 俺よデカくなれ!」 「……あっ、一回り大きくなった」 「でも、まだまだ小さい! お願いだからデカくなろうと頑張っている俺を応援してくれ。お兄さんの声援が励みになって更にデカくなるかもしれないから」 「頑張れー! 頑張れー!」 「おっ、いいね、いいね。もっと気持ちを込めて」 「頑張れー! 頑張れー!」 「もっと、もっと!」 「頑張れー! 頑張れー!」 「もっと、もっと! 頑張れー以外の言葉も使いながら! バリエーション豊かに!」 「デカくなれ! デカくなれ! 頑張れー! 心から応援してるよー!」 「おっ、おっ、おっ、デカくなれそう、デカくなれそう、おっ、おっ、おっ、おっ、おっ」 「ゲーミングチェアさん、気合入れてー!」 「おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、必要なエネルギーが90パーセントぐらい溜まってきた。もうちょっと声援が欲しいな!」 「信じてるよー! その頑張っている姿が愛おしいよー!」 「愛おしいだなんて、照れるなーっ」 「照れていないで早くデカくなれよ! さっき一回りデカくなったきり大きさ変わってねーじゃねーか!」 「おっ、おっ、おぅ! ……たった今、必要なエネルギーが100パーセント溜まった! いくぞー、デカくなるぞー、うおぉぉぉ! 膨らむぞー!」 「おお! どんどんデカくなってる! ……でも、そのくらいの大きさでいいよ! もう、お前に掴まれば十分に川から出られる大きさだから! ああ! どんどん膨れ上がるゲーミングチェアによって吹き飛ばされるぅー!」 「うおぉぉぉ! ……えっ? あれ? お兄さん、どこ?」  巨大化したゲーミングチェアは両岸に挟まれながら、ドゥン! と遠くの方で大きな音がしたのを聞いた。      
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