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婚約者が複数いる中の一人ですが、私が有力候補らしいです
私は転生者だ。
名前はミラディーン。
身分はただの村人。
性別は女性。
だが少々、前世では男っぽい所があると友人に言われている。
そのせいか、彼氏などはいなくて、つきあいのある男性とは全部友人どまり。
最初の人生は、恋愛なんてした事がない人生だった。
そんな私が転生した理由は、特別な使命を課せられたり、すごいチートをもらったりしたわけではない。
なので、ただの事故かなんかだと思う。
気が付いたら、なんか生まれてて、第二の人生がスタートしていた。
前世の記憶を思い出したのは、三歳頃。
どうしてそんな事になったのか分からない。
神様は転生処理を杜撰におこなっていたのだろうか。
あるいはスマホ的なものでもしながら、仕事をしていたのかも。
理由はどうあれ、そうなってしまったものは元に戻らない。
前世の記憶はおそらく好きに消したり、ひっこめたりできるものではないだろう。
長く将来を見据えて付き合っていかなければならない。
そういうわけで前世の知識を持っている私だが、生まれかわった次の世界には元の世界と大きく異なる点があった。
それは、
「婚約者複数オッケーの世界ってどういう理由でそうなった」
生まれた時代は外国の中世くらいで、文明もそれくらいだったがーー
その世界では、婚約者が複数いてもいい世界だったという事。
なんでそんな常識がまかり通っているのか分からないが、その点がひどく前の世界とは異なっていた。
しかもおかしな事に、婚約者が複数いてもいいのは男性側だけ。
女性がやると、浮気者と罵られるとか。
男女差別かな?
気になったので、暇なときにそんな常識がまかりとおるようになった理由を、一応調べてみた。
一説によると、昔々の遙か昔ーー
神話の時代に、男性の数が異様に少なくなった事が原因ではないかと言われているが、その世界の者達は真相を知らなかった。
そうなると、その世界の者達は結婚する時が大変になる。
元の世界でも、浮気だの正妻だのなんだのでトラブルが起こっていたのに、それに加えてこの世界では婚約者複数オッケーの常識だ。
恋愛面で事件が起きるのは、かなり多かった。
色恋ざたで人を刺した、もしくは刺された。誰かにストーカーされた、ストーカーをした。という事件が非情に多いと、知り合いの警察が嘆いていた。
私はできれば、そういうのに巻き込まれたくなかったのだが――。
「わっ、私を婚約者に、ですか」
「はい、ミラディーン様はトリス様の、二十番目の婚約者に選ばれました」
偶然、道端で気分を悪くしていた貴族の男性ーー(トリスというらしい)を助けたせいで、その男性の婚約者になってしまったのだ。
後日使用人の男性がやってきて、そんな事を伝えられた。
「面倒な事になっちゃったな」
結婚する気なんてさらさらなかったし、生涯独身を貫くつもりだった。
歴史研究家になるという夢もあったから、どうにか断りたかった。
しかし、相手は結構な家の人間。
婚約期間中は、ただで豪華な屋敷に住めるし、その間の衣食住も保障されているらしい。
今まで、一般的な村人として第二の人生を生きてきた私にとっては、かなり良い条件だった。
だから、面倒だとは思いつつも最終的には承諾。
どうせ花嫁まではいかないし、一時の気の迷いなのだろうから。
婚約者トリスの屋敷に向かう事にしたのだ。
「あっ、あのっ。今日からよろしくお願いしますっ」
上記のセリフは私ではなく、婚約者の男性の口からでたセリフだ。
どんな人かと思っていたら、意外と常識人でまともだった。
「こんな事になって迷惑かもしれませんが、不便はさせませんので」
「はぁ。いえ。ありがとうございます?」
そう真っすぐ謝られたら、まさか正直にちょっと迷惑でしたと言うわけにもいかず、言葉を濁すしかなかった。
見た所、貴族にありがちな我儘坊ちゃんでもないし、何でもできる・自分が一番うまくやれるとか勘違いしている天才タイプでもない。
この分ならうまくやっていけそうだ。
でも、一応気になったので、理由を聞いてみる事にした。
「どうして婚約者を複数持っているんだ? いや、いるんですか? あなたはそういったタイプの人間には見えないんだが」
「そっ、それは。実はーー」
婚約者を複数持つ事は、本人は乗り気ではないらしい。
しかし、家の方針で、そうしなければいけないと嘆いていた。
色々と事情があるらしい。
他人の家の事情に、興味本位で首を突っ込むつもりはない。
面倒は避けたいし、こちらが中途半端にでしゃばったりしたら迷惑だろう。
だから私は「分かりました」とだけ、返事をして、新しい日々を受け入れる事にした。
どうせ眼中にないだろうから。私は適当にやる事にした。
村人なので、今までやっていた仕事をできる日はやって、外に出られない時は内職っぽい事をして、と。
じきに婚約者からは外されるだろうから、そうなった時のための生活費をかせいでおくのだ。
はじめは良い風に思われないかな、と思っていたが、意外にもみな寛容だった。
屋敷の者達や、使用人、婚約者であるトリスは文句をつけたりしてこない。
同じ屋敷にすむ婚約者たちも、特に何か口出ししてくる事はなかった。
ただ、トリスの両親や親せき、一部の婚約者からは良い顔をされなかったが。
婚約者はだいたいトリスが選んでいるらしいが、一部のそういった人間は両親が選んでいるらしい。
「貴族の屋敷に平民がいるなんて」
「早くトリス様に気に入られたいのに、邪魔よね」
「いなくなってくれないかしら」
顔を合わせる婚約者たちは、だいたいのほほんとしていたり、穏やかだったりしていたので、一部のギラギラした者達がどうしてここにいるのかと不思議だったのだ。
彼女達は、何が何でもトリスと結婚しようと考えている者達で、強めのアタックをかけている。
トリスはそういうのに引いてしまうタイプらしいから、遠目からでも困っているのが目に見えて分かってしまう。
だから、ついつい余計な助け舟を出してしまう事もしばしば。
面倒は嫌いだけど、困っている人を放っておくのも寝覚めが悪いもんだから。
そんな日常を送っている私は、てっきり結婚相手候補からは外れていると思っていた。
しかし、ある日判明した衝撃の事実。
「あめでとうございます。ミラディーン様は結婚相手の候補者に選ばれました」
男性使用人から、そんな事を聞かされたのだ。
なぜ?
私はトリスには、積極的にかかわっていない。
たまに助ける程度の事しかしてないのに。
独身を貫こうと思っていた私にとって、その知らせは寝耳に水だった。
結婚までいくのは、望んでいない。
私は独身の、自由な生活を気に入っていたから、そうなるのは避けたかった。
だから
「何とか候補から外れないと」
相手にちょっとだけ嫌われたり、引かれたりしようと思って、作戦を考えてみた。
それにあたって、
世の男性が苦手に思う、女性とはなんだろう。
と、考えてみる。
虫とか平気で掴める女?
女っぽくない女?
自分より頭の良い女?
「どの条件も当てはまっているじゃないか!」
けれど私は、その条件をどれも満たしていたのだった。
女っぽくないし、むしろ男っぽいと言われるし。
あんまり考えたくないが、控えめなトリスよりは有能だと思う。
トリスは要領が悪いし、運動神経悪くてのんびりしてるし、計算もあまりできないし、文字の読み書きもつたない。
物覚えが悪いようだった。
本人は努力してるみたいだけど。
青空教室で、一般的な教養を学んだ村人である私より、平均的な能力は低いとみている。
「うーん」
作戦は、実行前に頓挫してしまったようだ。
どうにもならないと判断したため、本人に直接聞きに行く事にした。
作戦はそれから考えても遅くないはず。
普通の女性だったら、こういう場面で尻込みするかもしれないが、私はしなかった。
「えっ、君を婚約者にした理由?」
訪ねた先で当然、トリスはびっくりした顔になった。
けれどいつも、おだやかな表情を浮かべて、私の行動を受け入れてくれる良い奴だ。
女だからといって、私を下に見る事もないし、婚約者候補たちをぞんざいに扱う事もしない。
独身を続けて自由が欲しいという理由もあったが、彼にはちゃんとしたお嫁さんをもらってしっかり幸せになってもらいたいとも思っている。
なので聞いた。
「そうだね。選んだのは、君が優しいからかな。最初に出会った時、悩まずに僕を助けてくれたから。他の人は躊躇っていたのにもかかわらず。それに、いつも他の婚約者の人達から助けてくれる時も、すぐにそうしてくれる」
「それは、特別な事なんかじゃない。人として当然のことをしただけで」
「そうかもしれない。でも、君みたいにまったく躊躇なく人を助けられる人間は珍しいんだ。人はみな、誰だって自分の都合を優先してしまうものだから、僕の両親だって、僕の願いより家の名前を大きくしたいという自分の都合で動いているから」
「トリス様……」
目の前の男性は、貴族として豊かな生活を送っているけれど、その分辛い事もたくさん目にしてきたのかもしれない。
そう思うと、心臓がぎゅっとしめつけられるような気持ちになった。
そういう境遇にあると、見返りのない助力を貴重な物だと思ってしまうのかも。
私は別に、自分をそういった人間だとは思わないんだが。
きっと、前世も今の世界でも、家族や周りの人間にめぐまれただけの産物だ。
「それに、君は僕を馬鹿にしないしね。生まれつき僕は、物覚えが悪い事とか、記憶力が悪いみたいなんだ。それを知ると、皆すくなからず馬鹿にしてきたり、あとは残念がったり、可哀そうに思ってくるんだけど」
「いやいや、できない事をうだうだ考えても仕方がないですって。そう思ってるだけですから」
「そうだよね。僕はそう言う所が気にってるんだよ」
うっ、反論しづらい所を突かれた。
そういえば、他の婚約者とトリスが話しているのを見た事があったけど、あの人達はちょっとトリスを可哀想な人に見ている節があったな。
かわいそうだから、支えてあげよう。力になってあげようという感じ。
悪い人達ではないけど、トリス的にはそこがマイナスだったらしい。
「だから、君は特別なんだ。きっと僕は、これから過ごしていくうちに、そんな君の事を愛するようになるだろう。惹かれつづけていくんだろう。愛さずにはいられなくなってしまうのだろう。そう思わされたから。花嫁の候補に入れたんだよ」
トリスから真っすぐに言われたセリフに、思わず顔が赤くなってしまう。
前世でも今の世界でも、ろくに女性扱いされてこなかったから、そういう事を言われると色々と意識してしまう。
「そっ、そうなのかっ。いや、そうなんですか。あっ、ありがとうございましたっ、ではこれくらいでっ」
これ以上狼狽するところを見られたくない。
そう思って彼の前から早々にはなれる。
誰もいない廊下で、ほてった顔に手を当ててみると、しっかり熱くなっていた。気のせいなどではなく。
「はぁー、びっくりした。ああいう事、突然言われると、困るな」
ついさっきまで、この候補から外れようとばかり思っていたのに、今はもう少しこのままでもいいのではないかと思い始めている。
そんな自分に驚いてしまった。
だがきっとそれは、勘違い。
「たぶん日ごろ女性扱いされてないから、だ。三日も立てば冷静になるはず」
一時の気の迷いだろう。
しかし、なんやかんやいって、それは一週間にのび、一か月にのび、一年にのびて、その末にトリスと結婚してしまう事になるのを、私はまだ知らなかった。
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