自分の気持ちがわからないということ

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自分の気持ちがわからないということ

 チョコレートは明治、お菓子はブルボン、ヨーグルトは森永。食べ物に関しての趣味趣向がハッキリしている一月です。こんにちは。  いつもなら小タイトルはもう少し捻った感じにしているのですが、今日はちょっと自分と真正面から向き合ってみようかなということで、こんな感じです。  前述のとおり、私は食に関するこだわりが結構強い(グルメではなく好き嫌い)のですが、正直なところ、自分の気持ちはちっともわかりません。  何がしたいのか。何が好きなのか。何を面白いと感じているのか。  好き好んで小説を書いているはずななのにそれが義務のように感じる時があり、書いている自分が好きなのでは? そういう自分でいたいのでは? と考えてしまいます。  自分が書いた小説に対する気持ちもそう。自分の中の評価軸はすぐにブレる。上手く書けたという実感よりも、褒めて貰えたという事実が自信に繋がる。それがなければ駄作のように感じてしまう。  そんなことはない。って、頭では理解しているのに。確固たる自分がいない。  好きこそものの上手なれ。という言葉は苦手です。だって、自分が好きなものがわからないから。上手になりようがないじゃない。  楽器演奏も、アウトドアも、編み物も、ボウリングも、絵も、歌も、読書も、旅行も、散歩も、ゲームも、スポーツ鑑賞も、本当に心の底から好きなのかな。時間がない、お金がない、機会がないを言い訳にそれとなく遠ざかっている。  貧すれば鈍する。悲しいな。  今はただただ投資と節約が趣味になってしまっているかも。  我慢をし過ぎると、ますます自分を見失っていきます。  そんなんなので、自分が書きたいものもよくわからないんです。恋愛? ファンタジー? 純文学? 青春? BL? いただける反応だけが私の道しるべ。このジャンルは向いているのかな? 向いていないのかな? と毎回問いかけています。  闇雲に書きまくっていれば、いつか自分が捕まえられるのでしょうか。
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