第十話 凍え、震え、君。

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第十話 凍え、震え、君。

〜〜 「…っクシュッ…!」 12月に入り、すっかり肌寒くなった。 カーテンから差し込む光も弱くて、もうすぐ冬。 ベッドから体を起こすのも気が乗らないし、布団から出たくない。 私は布団に包(くる)まりながら、ベッドの上をゴロゴロと転がった。 すると、ドンッという音と共に床へ落ち、ぱっちり目が覚める。 「朝からサイアク。」 布団に包まっていたために、足が出てなくて受け身取れなかった。 ものすごく痛い。 お陰様で目は覚めて、ちゃんと朝飯作る気になった。 のそのそ起き上がり、制服に着替える。 大あくびをしながら階段を下りて、キッチンへと歩を進める。 するとそこに、パジャマ姿の中山が現れた。 「おはようございます。……さっきすごい音しましたけど、なにかありました?」 眠そうに聞く中山だが、私は「何もー」と答えて卵を割った。 「まだ二人は寝てるっぽいです。」 中山はあくびをしながら私に言った。 「あぁ…。あの二人、遅くまで実験してんもんな。」 二人。 真人とあの子供のヒトモノ。 あれの名前は『レナ』。 元々の名前を教えてくれなかったから、適当にそれっぽい名前つけといた。 レナと真人は佳子の薬を作るのに必死だ。 あの後加子は一命をとりとめた。 裕太も安心して寝落ちしちゃうくらい、本当良かった。 薬ができるまで、もうすこしの心房だ、佳子。 どっちも、才能に溢れた天才。 夜遅くまで研究して、いつも二人は寝不足。 真人のやつ、勉強しなくていいのか……? 「最近寒くなりましたねぇ…。ホント、起きるの大変ですよ。」 中山が冷たい水で手を洗いながら言った。 昨日から家に泊まっている。 だからパジャマなのだ。 「……もうすぐ冬休みじゃん。」 「そうですね。うわぁ〜成績表つけるの大変だぁ〜……。」 「私のは適当につけとけよ。誰も見ねぇし。」 「そーゆーワケには行きませんけど…。」 私がフライパンに卵を落とすと、ジュぅっと焼ける音がする。 「何作ってるんですか?」 「卵焼き。」 「え、朝から卵焼き?」 「いや…二人の弁当。あいつら禄にもの食ってねぇだろ。弁当だったら手軽に口に運べるし、いいかと。」 「成る程。……ふふっ、陰ながらちゃんと考えてるんですね。」 「んなんじゃねぇよっ!!」 ハハハぁと笑ってごまかす中山。 私は口を尖らせてムッとした。 どうも最近、自分らしくない。 そう思うも、どこが自分らしくないのかもわからない。 きれいに卵を巻いて、熱々の卵焼きを弁当に入れて、炊きたてのご飯も詰める。 他にもレンチンの具材なんかを入れて、弁当の蓋を閉めた。 〜〜〜 「あれ、柳今日来てねぇのか。」 中山が出席確認をしていると、柳が休みなことに気付いた。 「風邪らしい。……最近流行ってるよなー。」 隣で裕太は無関心そうだが、私もそれは無関心。 風邪なんて、自分とは別の世界だ。 母親が病気な割に、私はめちゃくちゃ体が強い。 腐ったものでも、カビが生えてなけりゃそこそこ食べても問題ない。 雨の日に傘をささなくても次の日大丈夫だし、3日間くらい寝なくたって体調崩さない。 「体調不良」という感覚を忘れつつあるのだ。 裕太は人並みだと思うが、こいつが風邪で休みなんてそう聞かない。 「最近は全校でも体調を崩す人が増えています。季節の変わり目ですし、寒いですし、体調管理を怠らないように。」 中山がそういうと「はーい」と元気よく答えるみんな。 「あーあ。ったく……。多少寒ぃくれぇだっての。」 「お前は論外なわけ!」 裕太が私にでこピンすると、「常人は風引くのー」と笑った。 〜〜〜 いつも通り、頬杖をついて窓の外を眺める。 算数の時間はいつもこうだ。 ………というか、真面目に授業受けるの図工か音楽くらいだ。 家庭科は楽勝だし。 「……今日はここまでです。早めに休憩取りますね。」 パタンと教科書を閉じて号令をする。 隣の裕太は眠そうにあくびをして、教科書を机にしまう。 その時私は見た。 ノートに何も書かれていないのを。 …否、書かれているのは書かれているのだ。 しかし、いつもより少ない。 「お前もいよいよサボりに目覚めたか。」 「はぁ?なにそれ。」 「ノート。あんま書いてねぇじゃん。」 「……あぁ…。書くこと少なかったんだよ。」 「そーなのか?」 「うん。椋は授業受けないからわかんないよね。」 苦笑いを浮かべてさっさと何処かへ行く裕太。 なにか隠してるな、と思うものの、追いかけるのも気持ち悪いし放っておくことにした。 それからは何事もなく、ただ単に寒いな、と思いながら授業をサボったのだった。 〜〜〜 「は、裕太が風邪で休み?」 翌朝、学校へ行くと最近で一番驚いた。 あいつが休みなんて。 あぁそうか。昨日のノート。 少し体調悪くて書く気しなかったのか。多分。 「うぇー珍しいこともあるもんだなー。槍でも降ってくんじゃねぇ?」 裕太の友達の快斗に言った。 「それ、椋ちゃんが風邪引いたときも言ってやるからね。」 「お待ちしてまーす。」 ランドセルを棚に入れて、席につく。 いつもは隣にいるあいつがいないのは、違和感でしかなかった。 〜〜〜 「嫌だ。」 中山に渡されたプリントの山。 封筒には入れられているものの、私は受け取りたくない。 「そう言わずに……。裕太さんも、椋さんが行ってくれるなら喜びますから。」 「どういうこと…?!わけわからん!とりま嫌だ!ぜってぇむり!」 金曜。 地獄の金曜。 休みがいたら、そいつの家まで届けなきゃいけない金曜。 裕太へのお便りを、私が届けろと押し付ける中山。 自分は仕事があるからと、言って帰れと押し付ける中山。 行きたくないとこんなにも言っているのに、それでも行けと押し付ける中山。 要するに、だるい中山。 「わかりました。ありがとうございます。行ってくれるんですね。」 中山はニコニコ笑みを浮かべ、ひっそり封筒をランドセルに入れる。 いや、あの笑み怖い。 「……わたしの分の宿題まで封筒に入れて渡してやる。」 「入れなくていいです。……まぁ…行ってくれることに免除して、宿田はなしってことでいいですよ。椋さんは。」 「うぇーい。それなら行くわー。」 「頼みます。」 〜〜〜 ピーンポーン 「あ、ハーイ。」 「あのー、お宅の裕太くんへのお届け物なんですがー。」 「ハイすぐ行きますねー。」 住宅街の端っこにあるそこそこでかい家。 裕太の家だ。 ガチャリと音がして出てくるお母さん。 「わざわざごめんね、椋ちゃん。寒かったでしょうに、上がっていきなさい。」 「…んじゃ、お邪魔します。」 何度か来たことのある家で、裕太の両親は私と顔見知りだ。 「すぐお茶入れるから、裕太の部屋勝手に入っちゃってー。あそこ暖房効いてて暖かいから。」 「え、あ、はい。」 何度かしか来たことがないが、大体用は裕太の部屋である。 部屋の位置くらい覚えてる。 「あのー裕太さんー?生きてる?死んでない?入るね?」 「ん、は、りょう、?」 扉を開ければ整理整頓されたきれいな部屋。 いつ見ても真面目感半端ないな。 ベッドに潜り込んだ赤面の裕太。 髪もボサボサで、病人感がすごい。 「お便り。ねぇ見てよ。来週の時間割最悪だぜ。算数ばっか。」 「んー?あぁ…。うん。」 ちらっとみたらすぐ目を逸らす裕太。 私はそれを見て、「いつにもましてノリ悪いなぁ」とつぶやいた。 そりゃそうだろ、風引いてんだから。って心のなかで自分に突っ込む。 「……椋、誰に行けって頼まれた…?」 裕太が起き上がりながら聞いてきた。 「……中山。」 起き上がっていいのか、と聞くには私らしくないので、そのまま質問に応える。 「あぁ…あの人かぁ…。やっぱり、バレてるかぁ…。付き合い長いもんなぁ…。」 「なんの話?」 「ううん。」 「はっきり言えよバカ。」 「バカじゃないでしょ。俺風邪引いたんだから。バカは風邪引かないんでしょ?」 「そーゆーしょーもないこと信じること自体バカなの。」 「ん、そっか。」 やけに素直で気持ち悪い。 布団に再び潜ってイモムシみたいになる裕太。 私は立って、封筒を机の上においた。 ランドセルは床に置いたままだ。 「キツイ?」 「いやぁ…。別に。」 「そーかよ。」 目をつむって顔を赤くしている裕太。 (キツイんならキツイって言えよバカ。) 私はランドセルを持って裕太に話しかけた。 「んじゃ帰るわ。もうこのまま一生学校来ねぇでいいぞー。」 手をひらひら振ると、裕太は「えっ、」と大きな声で言った。 「あ?」 振り返ると、布団から顔と手だけ出している。 「本当にそう思ってる?」 「はっ?!聞く?!」 「え、聞いちゃだめなの?!」 「え、え〜……。お、思ってねぇよ!バァカ!」 私は部屋を飛び出し、台所にいる裕太のお母さんに「すんません用事できたんで帰ります!お邪魔しましたぁ!」と叫んで玄関を出た。 寒い外。 なのに、何故か熱い。 暑いじゃなくて、熱い。 「なにこれっ…!!」 自分らしくないこと。 それは、こういうことなのかも…? 【続く】
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