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第9話 松尾裕太のパースト
〜数ヶ月前〜
まだ、ヒトモノなんてものがこの世にいなかったとき。
俺、松尾裕太は毎日のようにここへ来ていた。
高層ビルの立ち並ぶ、やけに空気の思い場所。
窓から見た夜景はきれいだけれど、なにかすごく怖い。
あの光ひとつひとつは、人が暮らすための光。
そう考えるとどうしてか背筋に悪寒がする。
俺は夜景を見るのをやめ、椅子に座り直す。
ピッピッと電子機器の音がして、目の前には真っ白な布団に横たわった少女。
そう。ここは病院だ。
家から離れた都会の大きな病院。
俺の妹、松尾佳子(かこ)はかなりの重病のため、幼くして入院していた。
病気はがんのようなものだ。
でも、薬の副作用などで苦しむ妹を見るのはとても心が痛む。
まだ小学二年生だというのに、ろくに学校にも行けていない。
五歳のときに病気を発見してからというもの、佳子はずっと笑ってない。
いいや、笑っていたとしても、心からの笑いだとは思えない。
俺は佳子を救いたい。
でも、医者でもなんでもない俺ができるわけない。
ただ、見守ることしかできなかった。
だから俺は、勉強を熱心に取り組んだ。
将来医者になって、こういう思いをする人を減らそうと考えたから。
もともとバカだった俺は、自主的に勉強をした。
塾に行く金なんてない。全部佳子の病気の治療費にあてる。
勉強というものはとてもつまらなかった。
楽しいことなんてないし、将来役に立つかなんて本当に考えたくなかった。
でも、これをしなければ医者にはなれない。
そう思い、頑張ったんだ。
父も母も、そりゃあ俺を見て心配したよ。
「そんなに勉強ばかりして、いいのか」ってね。
要するに、友だちと遊んだりしなくていいのか、と。
俺はそんなことをする必要なんてない。
ただ、佳子を救うために______。
「もう…、ダメなのよね。」
ある夜、俺は深夜に目覚め、水分を取ろうと寝室から出たときに聞いた母の言葉。
リビングで父と二人で話している。
壁に隠れて、その話を盗み聞いた。
リビングの電気が暗く見えた。
「…今日、先生に言われたんだ。もう佳子は治らないって。……俺だって、信じたくなんかないさ。」
父は拳を握りしめ、歯がギシギシ言うまで噛みしめる。
母はそれを見て、涙をこぼした。
俺はそれまで、母が泣いたところは見たことがなかった。
責任感の強い母で、子供に涙を見せる人じゃなかったから。
それだから更に、俺の心は揺さぶられた。
もう、治らない。
親もあんなに頑張って働いて、治療費出して、佳子もたくさん我慢して、泣きもせず、頑張って、俺も勉強熱心に取り組んで、努力した、………のに。
それなのに、治らないの?
自分がなろうとしていた医者というものは、こんなもんだったのか?
人の感情なんて気にせず、仕事という観点だけで患者を見ていたのか?
治らないなんて、
〜〜
「ふざけるな。」
突然、俺はそう口に出した。
椋の前、俯いてただ拳を強く強く握っていた。
「ふざけんなよっ、!!!」
バッと顔をあげると、椋は哀しい顔をしていた。
そりゃそうだ。うん。そうだよ。。
でも、なんでだろう。
椋は佳子の病気と全く関係ないのに、この怒りはどうして椋にぶつけるんだ?
…平等だ、って言ったことに俺は怒っているのか?
わからないけれど、彼女の顔は哀しそう。
あれ。
そういえば。
椋って、こんな顔するんだ……。
だっていつも冷静で無表情か怒ってる椋。
そんなこいつが、なんで……。
「裕太、お前はなにか違うことを考えている。今はヒトモノのことを考えて、…」
「うるさい。うるさい。ほんっとうるさい。俺、正直今そういう気分じゃなくて。」
勝手に、俺がヒトモノの件から佳子のことを思い出しただけなのに。
一方的に怒って、何がしたいんだ。
「……じゃあ、ヒトモノは私一人に任せるってことだな。」
「そうだよ。」
「…わかった。お前はすぐに教室へ戻れ。じゃあな。」
……なに、やってんだよ。
お前は一人だと危ない。
危険だ。
俺が椋を手助けできずに何ができる。
俺、落ち着け。
「あ、一つ言っておこう。」
椋は人差し指を立てた。
「私は一人でやるからな。お前は絶対手出しすんじゃねえ。」
そう言い残すと、さっさと何処かへ行ってしまった。
俺は自分の手首を掴んだ。
ギュッと力を込めて、唇を噛みしめる。
「…………、バカ、……。」
〜椋目線〜
きっと、何かしらで妹のことを思い出したんだろう。
裕太はあんな酷いことを日常的に吐くやつじゃない。
今日は心を落ち着かせていてほしい。
だからヒトモノは私が一人でどうにかする。
…それより、佳子はどうだんだろう。
病症が悪化してないといいけど。
薬とか、まだ打ってるらしい。
もう治ることはないって裕太が前に私に告げてくれた。
でも、まだ諦めないその心はすごいいいと思う。
ズカズカと渡り廊下を歩く。
今は佳子、小2、か……。
今向かっている校舎が二年の校舎のため、少しスピードが落ちる。
どうも今日は気が乗らない。
髪ゴム違うからか?
私はそんな事を考えながら、ある部屋まで来た。
講堂だ。
広い部屋で、講師の先生方が来たときにはここを使う。
なぜここに来たかというと…。
と、その時、スマホの着信音がした。
取り出すと、それは芽依からだった。
「…ナイスタイミング。」
学校一の情報屋と言っても過言ではないほど情報で溢れている。
そのため、芽依には情報係として私のもとで働いてもらう。
『えっとね、さっき言った通りヒトモノの目撃情報は講堂から。』
「今いる。」
『あ、そーなの?…ヒトモノは爪みたいなやつを投げてくるらしくて、それの威力は案外大きいみたいだよ。そんで、ヒトモノの外見はまるで人。本当にヒトモノかも怪しいんだよね。』
「なるほどな。……爪……。刀では勝てそうだ。」
『でも、目撃情報も少ないし危ないからねっ!わからないことだらけなんだから!!』
「あーあー。わかってるよ。サンキューな。」
電話を切ると私はため息を付いた。
爪、ね。
爪なら犬とか狼がヒトモノになったのか?
いや、動物はみんな爪長いな…。
実際人間も爪あるし。
すると、突然背後に何かがかすった。
咄嗟に避けて、怪我はしなかった。
私を通り越して壁にぶっ刺さったそれ。
それは、
「…爪。」
紫とピンスのグラデーションの爪。
ネイルがなにかをしているのか。
芽依が教えてくれたヒトモノと同じだ。
爪にしては威力が高い。
壁に刺さるくらいなんだから。
ふと前を見ると、女性が立っていた。
紫色の髪の毛をしている。
肩に少し当たるくらいの長さだ。
ピョンピヨンところどころはねていて、一番に目に入るのはその特徴的な髪の毛。
そして次に、ボロボロの服。
ワイシャツなのだろうが、ずたずたに破けている。
やや小さめの長ズボンを履いており、カツカツと音を立ててヒールで歩いてくる。
その見た目はまさに人。
どうしてだ。
ヒトモノじゃないのに、爪が……。
どう考えてもさっきはあの女性から爪が飛んできた。
彼女の爪も同じピンクと紫だ。
なのに、爪は剥がれていないし、血すらも出ていない。
困惑に困惑を重ねる。
「…お前、人なのか?」
恐る恐る聞いてみると、急に顔を上げて、こちらを見た。
かっぴらいた目に、キュッと結ばれた口。
どういう表情なんだ。
「殺してやる!!」
奴はそう言って私に飛び掛かってきた。
そして、爪を沢山飛ばす。
確かに、手の指の爪が飛んでいる。
でも、数秒すればすぐ元に戻ってくる。
どういう原理だ?
そもそもこいつは人じゃないだろう。
でも、見た目も話し方もまんま人……。
爪を避けているだけで、私は段々後ろへと下がって行っていた。
このままだとまずい。
でも、刀を振る訳にはいかない。
私はただの人殺しになってしまうから。
人なんて殺める趣味は持ち合わせちゃいない。
でも、…このままだと私が死ぬ。
私は刀の鞘をつけたままヤツを刀で押し倒した
首元に刀が食い込むも、ヤツはなんてことない、ケロってしている。
「なんだ。お前は人間なのか?」
「よく聞かれる。でもあたしは人間ではない。あ、だからといってヒトモノって訳でもないよ。」
「はっ、?しっかり言え!」
「んー…だからねぇ、元々人間だったけど、今はヒトモノなの。薬注入してさ!」
驚きの発言に、私は刀を持つ手が緩んだ。
その隙にそいつは抜け出し、またも爪を投げ飛ばしてくる。
「それは違反だろ!」
「えー。法律とかなんとか、あたしまだ子供だからわかんなーい。」
「でたらめ言うな!」
そう言っても、ヒトモノになってしまったものはしょうがないだろう。
しかし、問題はこの先だ。
私はこいつを殺したほうがいいのか?
一応ヒトモノに変わりはないものの、元は人間だ。
気が引けるのは確か。
でも、殺さなければ人を襲う本能が彼女を許さないだろう。
「ねぇねぇ。逃げてばかりじゃなくて攻撃してよー。」
ニコリと笑って彼女は私にそう告げた。
私はため息をつくと、爪を刀で全て払い、ヤツに近付いた。
こんなに爪が弾き飛ばされると思わなかったのだろう。ヤツは驚いた表情をしている。
私は素早くヤツの後ろに回りこみ、自分の髪を解いた。
手にあるそのゴム紐で、彼女の手を縛る。
これで爪を自由な場所に飛ばすことはできなくなるだろう。
「えっ、あ、ちょ!離せー!」
「離すわけ無いだろう。お前はちょっと休憩だ。」
ついでに近くにあった縄で足も結び、完全に身動きが取れなくなった。
……不幸中の幸い。
ゴムが切れたのはものすごい幸運だったんだな。
「ったく、お前、何歳だ?」
「……ここのつ。」
「まだ立派な赤ちゃんだな。小3じゃねえか。」
「赤ちゃんではないでしょー」
……これ、どうしたらいいかな。
職員室に届けるか?こいつ。
でも、運ぶの大変だぞ。
手足を縛ってるし。
と、考えていたとき。
またもやスマホの着信音がした。
画面を見ると、裕太 の文字。
「何。なんなの。」
『いや……あの、さっきはごめん。ちょっと思い出しちゃって。』
「いやいいよ。そんなとこだとは思ってたし。……それより、なんで電話?普通にこっち来ればいいのに。」
『流石。話が早くて助かるよ。……あのね、か、佳子がね……。』
「ああ。何かあったのか。」
『ちょっと今、やばいらしい。』
「はぁっ?!行ってこいよ!!」
『いや…そうなんだけど、お前も一緒に来てほしいから呼ぼうと思って…。そっち、どんな感じ?』
「もう終了済み。……まさかの、人がヒトモノになったんだとよ。まだ小3の赤ちゃんが。」
『赤ちゃんじゃないけどね。…うーん、人が、か……。あのさ、椋、どうしても佳子を救いたいときって、…………じゃ、だめだよね…?』
「…そうだな。法には違反してる。…でも、バレなきゃ大丈夫だ。」
『…うん。』
「中山に車だしてもらう。教室で待ってろ。」
『うん、』
電話を切り、ヒトモノに向かう。
「お前、なんの薬注入したんだ。」
「……自分で作った。」
「え、」
「ヒトモノの血とかなんか色々摂って、それに対応できる薬を作って、自分で服用して、こうなった。」
「小3で?」
「うん。」
「じゃあ……本当の薬はどんなのかは知らないってことか。」
「うん。知らないよ。…だから、自分で作ったから、法律には違反しないと思って……」
「それ、もしかしたらお前死んでた可能性だってあり得るんだぞ。あんまり自分で作った薬とか、飲まないほうがいい。」
「失敗したことないよ。」
「そんなの知らん。」
「うわぁ、理不尽。」
「で、その作った薬はまだ残ってるのか?」
「残ってるよ。ちょびっと。ほら
ポケットに入ってる。」
私がポケットに手を突っ込み、何が取り出す。
小さな瓶のようなものに液体が入っている。
一見普通の水のように見えるが、これは薬らしい。
「飲む?」
いたずらっ子のような表情で笑い、聞いて来た。
「飲むわけねぇだろバカ。……ちょっと、これもらってくから。」
私が小瓶をポケットに入れながら講堂を出ていくと、後ろから「えっ、これ解いてよ!!」という声が聞こえた。
しかし、それは私の左耳から入って右耳から出ていったため、無視した。
職員室へ行き、「ヒトモノ(人間)が講堂にいるからよろしく」と他の先生にいうと、みんな大騒動のように慌てて講堂へ向かった。
私は中山を捕まえて、「ちょっと」と言い引っ張り出してきた。
「なんですか?なにか、ありました、?と言うか、人がヒトモノになるなんて勇気ありますね…。」
一人で感心している中山を見て私は舌打ちを打った。
「え、先生なにかしました…?」
「平和ボケかよ。憎たらしい」
「うぇー……。椋さんに憎まれていいことないですよ…。」
「誰かに憎まれてる時点でいいことなしだろ。」
「ですね。」
フフッと笑い、中山は急に真剣な瞳になった。
「それで、本題は?」
「ああ。裕太の妹、佳子が今山場らしい。早急に車を出せ。行く。」
「わかりました。……一応校長先生に許可もらいますね。」
「一応じゃなくてもらえバカ山センセー。」
校長室へ駆け込み、どうやらokもらえたような中山。
それから、裕太を連れて急いで病院へ向かった。
〜車の中〜
「裕太、一つ提案がある。」
後部座席に二人、肩を並べて座っている。
裕太は緊張しているのかなんなのか、さっきまで無口だった。
私が口を開けばきっと、こいつも開くだろう。
「何?」
「あのな、さっき言ってた、『もしも佳子を救えないなら、そのときは薬を注入してヒトモノにさける』って言ってた裕太の作戦ね、あれやんなくていいと思う。」
「……そうだよね、そこまでして妹救いたいとか、俺めっちゃシスコンじゃん……」
しゅんとなる裕太の横で、私は小瓶を取り出した。
「そういう意味じゃない。これ、何だと思う?」
「……水が入った小瓶。」
「これな、さっきのヒトモノが作ったヒトモノになる薬だよ。」
「え、作ったの…?!」
「あぁ。小3の奴がな。……これをつくれるってことは、佳子の病の薬も作れるんじゃないかと思い。」
「…!うん!」
「だから、わざわざヒトモノにしなくてダイジョーブってわけ。」
「すごい!いい!」
「だから、さっき先生たちには言ったけど、あのヒトモノは拘束したまま私の家に連れていけ、って。今真人いるから見張りできるし。」
「……真人さんめっちゃ貧乏くじ……。自主勉もはかどらないだろうし……。」
「当たりくじ引き過ぎのあいつにはちょうどいいだろ。それに、薬作るなら理系得意なあいつもいれば教えれるし一石二鳥だろ。」
「まぁ」
「だからそーしたわけ。ま、全部言い訳だけど。」
「最後の一言いらねぇ、……」
そうすれば、佳子を救える。
でも、今が山場だ。
今死ぬかもしれない。
そんなすぐには薬もできない。
だから、それは佳子の生命力次第だろうな。
あいつはそんなにすぐ逝く魂持ち合わせちゃいないって知ってるから。信じてるし。
「椋、ありがとうね」
裕太はニコリと笑った。
「…別に。」
〜裕太目線〜
そうだった。
そう。この世界は平らなんだ。
自分ができなくたって、人が助けてくれる。
一人で頑張るんじゃなくて、みんなで頑張るのがいいんだ。
だから、人っていっぱいいるんだ。
それを椋が気付かせてくれた。
〜続く〜
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