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第1話 三毛猫、黒猫、迷い猫
ある部屋の一室。
カーテンの隙間から日が差し込む頃、真っ白なYシャツを着た青髪の少女はシャーペン片手に何かをしていた。
「…ったく、宿題とか鉛筆と消しゴムのムダだっての…」
そう言いながら、スラスラと問題を解いていく。
そう、彼女…清水椋(しみず りょう)がやっていたのは学校の宿題。
朝に宿題をやるなんて、クラスのやんちゃ坊主並みの考えだ。
すると、部屋の外から「椋さぁーん!」と彼女を呼ぶ声が聞こえた。
それに対して、何も聞こえなかったかのように宿題を続ける椋。
数分してそれを済ませると、茶色のランドセルにそのまま宿題を突っ込んだ。
そしてランドセルを持って部屋から出た、と思うと、階段の上の方から下の階へ叫んだ。
「中山ぁー、外!」
そう言うと、また部屋に戻る。
そして窓を開けてベランダに出た。
何故かそこにあるスニーカーを履くと、ランドセルを片腕だけ背負いベランダから飛び降りた。
そして、きれいに着地した。
あそこは二階だ。
取り降りて死ぬことはないが、こんなにも綺麗に着地できるのはきっとこの世で彼女だけだ。
すると、家の中から高身長の男性が出てきた。
スーツを身に着けていて、とてもかしこまった人だ。(見た目は。)
彼は中山将司。
椋の小学校の担任だ。
若くて爽やかだが、几帳面できれい好き。
ただのきれい好きならいいのだ。
だが、彼は人並み外れたきれい好き。
教室はゴミ一つ落ちていたら授業中だろうがなんだろうが掃除が始まる。
こんなクラス(中山)に椋は呆れているのだった。
「椋さん、本当に玄関嫌いですよね。玄関からの出入りあんまりないですし。」
げんなりと笑う中山。
椋は「嫌いだよ」とだけ応えた。
中山が家の前に停まっていた車の鍵を開けると、椋はすぐに助手席に座った。
中山が運転席に座り、エンジンをかけてそのまま走っていった。
〜椋目線〜
「あ、猫ですよ」
中山はいった。
ちょうど赤信号で停止していた。
私は目線を中山の見る方に向けた。
そこには茶色と白の猫が。
首輪をつけていないことから、きっと野良猫だろう。
「興味ない」
私はそう言って目を逸らした。
「でもあの猫、すごくないですか?背中にハートマークの茶色い柄入ってるんですよ。」
中山は隣でふふふ、と笑っている。
「へぇ」
相変わらず目線は反対方向のまま私は呟いた。
すると、中山は私を見ていった。
「もう、本当に塩対応ですよねぇ。まぁ、もう慣れっこですけど。」
「何年だっけ?5年間?一緒にいるよな。私はいたくて一緒にいるわけじゃねえけど。」
「そのド直球の「嫌いです告白」も、もう慣れっこですよ。」
苦笑いを浮かべながら中山はいった。
その時ちょうど信号が青へと変わった。
車は近くのミツバ小学校へと進んだ。
〜〜
しばらくすると目的地についた。
私の通う学校だ。
中山の勤務先でもある。
車から出ると、徒歩通の子たちが元気に「おはよーございます!」と中山に挨拶している。
私は一人で靴箱へ向かった。
中山は「また教室で。」と手を降った。
教室に入ると、なにかざわざわした空気感だった。
席にランドセルを置いて準備していると、一人の女子が私の元へ来た。
長いツインテールが特徴の矢嶋芽依だ。
「椋ちゃん椋ちゃん。ニュース見た?」
「…いや、見てないけど。」
今朝は宿題をしていた。
見る時間がなかったことが事実だ。
すると、芽依はポケットからスマホを取り出し、なにか操作している。
そして椋にスマホを見せた。
「コレ。巨大イヌに噛まれて死亡、だって。怖いよね。」
記事には【巨大イヌ 現る 死亡件多数】とある。
写真があって、それを見ると確かに巨大イヌ。
オオカミにしてもでかいのだ。
ただデカイだけで、他には特になんの異常もない。
「デモじゃねえの。こんなデカいのいたら大ニュースだろ。」
私が言うと、隣の席の男子から「おいおい」と話しかけられた。
「もう既に大ニュースだろ。政府にまで話が行ってるそうだぞ。」
彼は松尾裕太。
頭がとてもいいが、決して真面目とは言えないやつだ。
天才とバカは紙一重とか言うしな。
「怖いよね、何なんだろう。」
芽依ほスマホをポケットになおしながらいった。
まぁ、本当にこんなでかい生き物がいるんなら面白いことになりそうだけど。
すると、キーンコーンカーンコーンとチャイムがなった。
前のドアからは中山が入ってきた。
一秒たりとも時間を間違えないこの几帳面さ。
私にも分けてほしいくらいある。(椋は大雑把で雑って感じの人間です☆)
「皆さん、一時間目は国語です。教科書とノートを出してくださ…」
そう、言いかけたときだった。
ウォンウォンと耳に響く高い音が鳴った。
これは火事の避難訓練でよく聞くやつだ。
火事のサイレン。
「えっ、今日避難訓練なのっ?!」
みんなは立ち上がり、そう次々と口にした。
私は言われたとおり、教科書とノートを出した。
むちゃくちゃ冷静な私に裕太は「いや逆に怖い」と呟いた。
「ねぇ、みんな、今日は避難訓練じゃないと思うよー」
私はそう大声で告げた。
するとしーんと静まり返る教室。
…………………
「じゃあダメじゃんっ!!!!」
みんなは一斉に教室を出た。
そして皆運動場へ向かう。
私も一応その中に紛れ込んでおいた。
後ろから中山もついてきている。
「椋ちゃん、なんで訓練じゃないと思ったの?」
避難する際、芽依は私に聞いた。
「…中山の表情だよ。何も知らないような、逆に生徒より驚いているような、そんな表情だったから。」
「へぇ…!そんなところまで見てるんだね!」
「別に…」
そう言いながら走っていると、運動場にすぐついた。
案の定人は多く、泣いている低学年もいる。
「…何あれ」
私は目の前にいるものを指さした。
「え、」
私の指さした先。
そこには、茶色と白の猫。
いいや、茶色と白の巨大ネコ、がいた。
〜〜
デカい、猫。
みんなはそれを見るとキャーッと悲鳴を上げた。
私は中山に近寄った。
「どうする」
低い声でそう聞くと、中山グッと拳を突き上げた。
「みんなを避難させ、あの猫は気絶させる。どうでしょうか。」
「…誰が猫気絶させんの…?」
するとその会話を聞いていた周りの同級生たちは当然のごとくいった。
「「「椋しかできんだろ」」」
そういう返答はまあ予想してたけどね。
私はため息を1つつくと、剣道部部員から木刀を受け取る。
「早く逃げろよ。」
深呼吸をする。
軽くジャンプを何回かして、私はそのジャンプの最中に勢い良く猫に向かって走った。
そして近くまでくると、足で地面を思いきり蹴った。
猫の目の高さまで来たところで、木刀を構える。
そして左から右に木刀を引いた。
バンッ!!!
そんな音とともに猫は倒れた。
頭に木刀を叩きつけたから、多分脳震盪かなんか起こしてるんじゃねぇかな。
私が着地すると、クラスメートが近寄ってくる。
「すごかったね。いや、流石だよ。」
そんなことをけろっと言っているが、こちとら腕が痛いんだが。
「ふざけんな。お前らもできるようになれよ。」
「いや無理だって。まず、あの高さまで飛べない!」
「ドヤ顔で言うな。」
木刀を剣道部に返却し、警察を呼んだ。
近くに交番があるからか、来るのは早かった。
「今、似たようなことが他の地域でも起こっています。大体人を狙って来るんですが…。こちらでは死亡した方がいらっしゃらない、と…?」
警察官は私達に疑い深く聞いた。
「はい」
みんなで口を揃えてそう言った。
ウソじゃねえし。
「…それはすごいことですね。ありがとうございます。今、生物の研究科にこの現象について調べてもらっています。他の地域では、猫に角が生えたりもしていまして…。とても厄介です。今のところわかっているのは、“なにかの薬を猫に注入した”という可能性があるということですかね。」
書類に何かを書き込みながら私達に説明する警察。
みんなへぇー、と興味津々に聞いている。
「でもそれって、今さっきのやつも前は普通の猫だったってことだよな。」
「あ、そうですね。そういうことです。」
…あのさっきの猫。
私は知っている。
朝見かけた猫、だ。
〜〜
学校は今日は休みになった。
みんなで一斉下校。
私はというと、職員室にいる。
中山待ちなのと、あともう一つ理由がある。
それは猫を倒したお礼として、なにかしてやると先生方に言われたから、私が即答で「職員会議出たい」と言ったらOKもらったからだ。
何回か職員会議出たことあるけどね。
ちょっと面白いんよ。
「はい、というわけで今日の会議は終わりです。」
校長のその言葉で、皆が一斉に立つ。
隣りにいた中山も立ち上がり、カバンを持った。
「帰りましょうか。」
私はうなずき、中山カーで家まで送ってもらった。
〜〜
部屋にランドセルを起き、リビングへ行くと中山が手を洗っていた。
「料理でもするのか。」
そう聞くと、中山はエプロンをつけながらいった。
「貴方、朝ごはん食べずに行ったでしょう。だめですよ。ベーコンエッグ作りますから食べてください。」
「…ベーコンエッグくらい自分で作れるんだけど。」
「駄目です!先生は料理の練習をしなければならないんですよ!」
うん、知ってる。
中山は料理が下手だ。
作れるのは全部卵料理。
卵料理は何故か普通に美味しい。
だったら他のだって作れるだろ、って思うんだけどこいつは食べ物ではないものを作りやがる。
「ちょっとニュースつけるわ」
私は張り切っている中山を横目に、テレビをつけた。
すると一番に出たニュースは【政府 “ヒトモノ”認める】というものだった。
「?ヒトモノ?」
中山はそれを見て首を傾げた。
一体ヒトモノとは何なんだろうか、。
ニュースキャスターはヒトモノの説明をし始めた。
「ヒトモノとは、最近話題になっている『巨大生物』などのものを指します。この生物は、ある薬を体内に取り込んだことで生まれた異生物だと言うことが現在わかっており、科学者たちは「見たことのない細胞」だと語っています。
また、この薬を生き物に注入すると、巨大化だけではなく翼が生えるなどの【異生物】になることができます。ですが政府は、このような薬を服用することは控えてほしいとの意向を示しました。
それから、その薬を服用した生物は【人間を襲う習性】があると見られ、現在も実験が進められております。
そして、もしもその習性が本当にあるとしたならば、【人狩り獣】略して【ヒトモノ】といわれ、SNSでは# ヒトモノ、で話題となっています。」
…結局はそのヒトモノってのが危なっかしい生き物だってことを伝えたいわけだな。
そして、そのヒトモノは人間を襲う習性がある。
また、ヒトモノになるにはその薬を服用すればいい、と。
「う〜ん、こんな大事だとは…。」
中山はテレビを見つめながら呟いた。
私はスマホを取り出してニュースを検索した。
「現在の『ヒトモノ被害者』は約9000人。この大半が死亡例だそうだぞ。だから、ネットでは「武器を持たせろ」とか「銃刀法違反取りやめろ」とか燃えてるらしいよ。」
「…なる程…」
シーンと早が静まり返ったとき。
ジュウーとなにか嫌な音がした。
共に、焦げ臭い。
「バカ山センセー。フ、ラ、イ、パ、ン。」
私が舌を出しながらいうと、「あっ!」と慌てて火を止める中山。
ったく…。
これだから中山は…。
それから、中山はコゲコゲの目玉焼きとトースト。
私は自分で焼いた普通の目玉焼きとトーストを朝食としていただいた。
その間もニュースでは常にヒトモノがどうちゃらこうちゃら言っている。
「皆木刀持ち歩きゃいいじゃん」
トーストを頬張りながらいうと、中山はコーヒーを机に置きながらため息をついた。
「椋さん、あなたは本当特殊ですからね。あんな化け物を一発で気絶させるなんて…」
自分で言いながら顔を青ざめる中山。
それ、なんか私が悪役みたいな感じだよね。
やめてほしい。
「あ、椋さん気付きました?さっきの巨大ネコ…というか、あのヒトモノ。朝来るときに見たネコですよ。背中にハートマークありましたよ。」
「あぁ。あんな短時間であんなに成長するなんて、どんだけカルシウム摂ったんだあの猫。」
「もー、つっこみませんよー。」
「…中山って黒猫みたいだよな…」
私は中山を見つめながら呟いた。
何となく、なんとなく…。
「え?…それで言ったら椋さんは迷い猫ですね。」
ニコリと微笑みながら中山は私に告げた。
「迷ってます。でも、迷ってるけど生きていけるような…そんな猫ですよ。」
「…なに、褒めてるの?見下してんの?」
「褒めてはないですよ。でも見下してもないです。立派だけど孤独みたいな、。わかるでしょう?」
「残念ながら全く。」
「残念って思ってますか?」
「残念ながら全く。」
「それは残念ですね。」
毎日こんな話をしているとやはり頭が悪くなる。
中山と会話するときは脳みその働きを落ち着かせないと成績が落ちる。
そういう噂が学校で今流れている。
流したのはもちろん私だ。
みんな、「え?脳みその働きを落ち着かせるぅ…?」と頭をひねっている。
そのとき、
「椋さん、ヒトモノに殺されたいですか?」
「あ?」
唐突に聞かれた。
そんなこと考えたことねぇよ。
あるわけねえし。
「んー、ヒトモノに殺されるのはなんか悔しいな。」
「…そうですか、。」
「なんだよ急に。」
「いいえ。先生は絶対にいやだな、と思って。」
「…普通の人の答えだな、それ。」
「はい。普通の人ですからね。」
「はぁ…?普通の人?どこがだ。24歳にもなって卵料理しか作れないだぁ?ふざけんな。今日は目玉焼きすらも作れてねぇじゃねえか。どこが普通だ。」
「ははっ、すみません。」
またもニコッと笑う中山。
私はため息をつくと立ち上がり、食器を中山の分まで片付けた。
「ありがとうございます。」
「…いや、」
〜続く〜
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