終章、沙羅双樹の花の色

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**  春霞に眠る浄閑寺に、抱き合ったふたりの遺体が運び込まれたのは、死んだと思しき夜から丸一日と少しを経た時分のことだった。  煎じ詰めれば、毒の量が少な過ぎたのだろう。あるいは客の直接の死因も毒ではなく、うなじに突き刺された簪の方かもしれなかった。  ふたりは丸二日と半日を仮死状態のなかに過ごしたのち、寺の本堂の片隅で再び光を見た。先に気がついたのは朔二郎の方だった。 「淡月」  白々と明け始めた空から朝日が差し込む。その眩しさに抗うように、傍に伏した彼もまた深い眠りから覚めようとしていた。 「俺が分かるか、淡月」  虚ろに(くう)を見つめる淡月の目が僅かに動いた。木蘭色(もくらんじき)の髪は色を失くして、今は真っ白に変わっていた。 「分かるなら言ってみろ、俺は誰だ」   「……紺屋傘差しの朔二郎」  答えを聞くなり、蒼白の体をぎゅうと抱きしめた。 「……そなたらを運んで来られたのは、いつもの妓夫様でござりました……。妓夫様はおっしゃいました。埋蔵するのは、そなたらの体が朽ち始めてからにして欲しいと。妓夫様は気づいておられたのかもしれませぬ。そなたらに、まだ命の火があることを……」  浄閑寺の住職は、久悟から渡されたという紫の袱紗(ふくさ)を朔二郎に託した。開くと中には、色褪せた金三両が入っていた。三途の川の渡し賃には多すぎる。生きろ、と言われた気がした。  「久悟さん……」   金子を丁寧に包み直し、硬く握りしめた。 「そなたらは、いちど死んだ身。死んだ者を追う者はござりませぬ。体が癒えたら、逃げなさい。私の荷の中に隠れていくが宜しかろう……」  朔二郎は頷いた。けれどやっと壁に体を預けた淡月は、ためらいがちに首を横に振った。 「俺は、あいつの仇を取るために、その為だけに、ここまで、生きてきて……、俺のせいで、あいつは死んだのに、なのに俺だけ、生きていくなんて……!」  壁からずるりと背中を落とし涙する淡月の顔を、朔二郎はそっと覗き込んだ。  「終わったんだ」   壊れ物に触れるように囁きかける。  「終わったんだよ、何もかも。悪夢に取り憑かれていたおまえはもういない。もう死んだんだ」 「でも……」
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