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巨漢が振り向いたところで太い手首をひっつかむ。ひねりあげれば、メリッ……と骨が軋む音がした。巨漢の額にぶわりと汗が滲み出る。
「……この度は」
朔二郎は乱れた息を飲み込むと、大見世紺屋の若い衆として、あくまで丁寧に口上を述べた。
「この度はうちの者が、まことに失礼を致しました。紺屋一同、謹んでお詫び申し上げます。本日の花代はけっこうですから、どうか日を改めてお越し下さいませ……さもなくば」
黒い瞳に炎を燃やし、ぐいと巨漢に詰め寄った。
「さもなくばこの手へし折って、互いのけじめと致したいが、それで宜しいか」
あながち脅しでもない骨の音が、またメリリと鳴る。ヒビくらい入っているかもしれない。
巨漢はひぃっとひと声上げると、バタバタと逃げるように見世を去っていった。
朔二郎は胸を撫で下ろした。肩の力がみな抜けてしまって、淡月にはおざなりの会釈しかできなかった。
一階に戻ろうと踵を返す。その背中に、物言いたげな淡月の視線がじっと注がれる。それをかすかに感じながらも、
(馬鹿。気のせいだろう)
自惚れを恥じ、次に白菊へ届けるための丸薬のことを思い出して、足早に階段を駆け下りた。
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