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切掛は突然に
その日私は、珍しく息が上がるほど走っていた。
大切な幼馴染の黒部明博に電話で呼びだされたからだ。
「どうしても二人で話したいことがあるんだ、正門前で待ってる。」
急にどうしたのだろうと疑念が沸かないわけではない。
今度の週末に3人で出かける話は、もう行き先含めて決まったはずだしそれ以外に明博と話さねばならないことはないはずだった。
しかし、少し思い詰めた声音の、大切な幼馴染をほうっておくことも出来ない。
私は帰りにカフェに寄ろうと誘ってくれた友達に別れを告げ、待ち合わせ場所へと急いだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…ご、ごめんね、おまたせ。」
正門にたどり着くと、明博は片手を上げて返してきた。
私の幼馴染の彼は、もうひとりの幼馴染と違い、容姿が整っている。
ずっとサッカーやフットサルをしていて、運動神経も良い。
爽やかな短髪は、すこし茶色に染められており、彼の人気を高めている。
学内で女子人気が高いらしく、私もよく友達に、彼を紹介して欲しいと言われたりもする。
だけど、私はほんの少し、彼が苦手だった。
幼馴染だし、ずっと一緒に過ごしてきたのだから、仲はいい。
だけど、時折彼の見せる強引さや、自慢めいた話しは、正直苦手だった。
そして、たまにではあるけど、私に向けられる視線も…苦手だった。
「ここで立ち話も何だし、カフェにでも行こうか。近くにドトールあったよな。」
言いながら、さり気なく肩に手を伸ばしてくる。
私はそれを、嫌味にならない程度に躱すと、そうだねとだけ返した。
(まただ…)
一瞬だけ、明博の目線が冷たくなる。
彼が馴れ馴れしく振る舞った時、それを私が躱した時、彼は冷たい視線で私を見つめる。これも私は苦手だった。
もう一人の幼馴染、慶介といる時は絶対に感じない感覚。それが苦手だった。
カフェに入り、私はソイ・ラテ。明博はコーヒーを注文し席についた。
しばらくは他愛のない話が続く。
慶介も大学に来たら良かったのにとか、一般教養過程の教授の話は退屈だとか、本当に他愛もない話が続く。
何にためにわざわざ呼び出したのかと、私が疑念を感じるくらいには。
「なぁ、朋美。お前はずいぶん変わったよな…。」
他愛もない会話が途切れ、しばしの沈黙の後、突然明博が言った。
明らかに先ほどとは違う口調、これが本題なのだろうと身構えてしまう。
「そ、そうかな。私は自分が変わったと思っていないけど…。」
嫌な汗が背中を流れる。この感覚は知っている。何度か経験している。
校舎裏、体育館裏、公園、様々な場所で経験した感覚。
「高校に入ってから、急に大人びただろ…大学に入ってますます磨きがかかった。」
「え…はは、どうしたの明博、私にそんな事言ったって無駄だよ。他の子にいってあげたほうが良いよ、明博にそんな事言われたら舞い上がる女子いるでしょ。」
なんとか冗談にしようと、必死で言葉を紡ぎ出す。
嫌だ、聞きたくない、聞いたら今のままじゃいられなくなるから。
(あなたには言われたくない言葉だから!)
「高校の時からさ、気になってたんだよ。本音を言えば好きだ。俺の女になってくれ。慶介のことは‥幼馴染として付き合っていいから、俺の恋人に…。」
「やめて!」
明博の言葉が終わる前に叫んでしまった。心が拒絶していた。
「私たち、ずっと一緒だって、ずっと仲良しの幼馴染だって約束したじゃない。」
「どんどん綺麗になっていく女を前に、幼馴染だって我慢できるかよ。」
「綺麗にって…何?私何も変わってない…ずっと…。」
「俺は…もう幼馴染なんて見れないんだよ。女としてしか見れない。」
終わりを感じた。もう戻れないと理解した。
男女の友情は、どちらかが恋愛感情を持った時点で終わりと聞いたことがあるけどあれ程かたい約束を交わした、幼馴染でも結局同じなのかと、失望とも絶望とも取れる感情が胸の中にこみ上げてくる。
「話はそれだけ?だったら私、もう行くね…。私たち…もう幼馴染でいられないんだね…さよなら…なんだね。」
私は飲み残しのソイ・ラテを振り返ることもなく席を立つと、店から飛び出した。
(なんで、なんで…ずっと一緒だったのに、たったこれだけで終わってしまうの?)
悲しい、泣きたい、寂しい、辛い、何故……
幼馴染の三角形の一角が壊れてしまった。もう3人でいられない…一緒にはいられない。慶介とも……いられない?
あぁ、そうだったんだ。
私も明博を責めることは出来ないんだ…私も幼馴染でいられない気持を持っていたんだ…。
嬉しいと思った、そして悲しいと思った。明博を責めた自分が明博と同類の感情を持っていたという、その自分自身の醜さに嫌悪した。
スマホを手に取る。わずかばかり迷う。
でももう、賽は投げられてしまった。
なら結論を導き出すしか無いのだと、覚悟を決めた。
数回のコール音の後、聞き慣れた声が名を告げた。
慶介…自分の胸が小さくトクンと脈打つ音が聞こえた。
息を整える。
「話したいことがあるから、いつものところに来て欲しい。」
私も賽を投げてしまった。もう引き返せない。
どうころんでも、幼馴染の三人には二度と戻れない。
だけど私の心は、不思議と軽かった。そう、15年の戒めから解き放たれるのだから。
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