本来あるべき道へ…

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本来あるべき道へ…

浅い眠りから僕を目覚めさせたのは、無機質な電子音だった。 SNSアプリの通知音だと気がつくまで、少し時間がかかった。 トウカを失ってから、僕は深く眠ることが出来なくなっていた。 夜中に何度も目が覚め、その度にため息をついて布団をかぶる。 それを朝がくるまで何度も繰り返し、朝が来たら布団から抜け出す。 そんな毎日を送っていた。 「珍しいなぁ…誰からだろう。」 僕は決して友達がいないわけじゃない。そこそこ普通に浅く広く交友関係を保っている。だけど12/24日の早朝からメッセージを送ってくる相手に心当たりはなかった。比較的連絡を取り合う仲間たちは確かクリスマスデートを旅行先で過ごすはずだったから。 誰だろうか…と働かない頭で考えながらスマホを手に取り、ロックを解除する。 一瞬、息が止まった。 かつては頻繁に登場していたが、3ヶ月前から一度も登場することのなかった 名前がそこに表示されていた。 「エンドウトウカ」 恐る恐るアプリを開く。まだブロックされてなかったんだという安堵と 一体なんだろうという不安が混じり合っていく。 あの日以降、僕たちはキャンパスでもプライベートでも一切の交流を絶っていた。   「今日、18時。海浜公園の入口で待ってる。来てくれるまでずっと待っているから」   飾りのない文章がそこに表示されている。 彼女は可愛いスタンプを使うのが大好きだった。特にキタキツネをキャラクターにしたスタンプがお気に入りで、無駄だと思うほどにそのスタンプを多用していた。 あまりにもキタキツネ好きをアピールするものだから、からかい半分でエキノコックスの話をしたら、私が好きなのはこのキタキツネのキャラクターおコン君だから良いんだよ!とむくれていたことを思い出す。 そんなトウカの、でもスタンプを一切使っていないそっけないメッセージ 不安な気持ちを感じる。何を話すつもりなんだろうかと思ってしまう。 だけども、それでも僕はトウカからの誘いを断ることなんて出来なかった。 ---------------------------- 12月も後半に差し掛かった18時という時間帯はかなり寒い。 少し長めのコートとマフラーを着用してきたけど、それでも寒さに震える。 雪は降っていない。そういえば、恋愛物につきもののホワイトクリスマスなんて 実際経験したことはあったかな…なんてぼんやり考えていた。 「あ…ミ、ミドウ君…久しぶり…だね。」 懐かしい声が背後から聞こえた。少し弱々しいけれど、僕が聞き間違えるはずのないトウカの声だった。 「うん、久しぶり。元気だった?」 振り返り声をかける。 トウカは僕の記憶より少し痩せていた。厚手のコートを着ているし体つきの話じゃない。頬周りとか、顎のラインとかそういったところが僕の記憶より細くなっていた。 「元気だった…のかなぁ…あはは、自分じゃ分からないや。ミドウくんは?」 以前ほど明るくない声でトウカが言う。 「僕は最近…ちょっと寝れなくなってたかも…」 「そっか…。」 「うん…」 そう言いながら、トウカは僕の横を通り過ぎ、そのままゆっくりと歩いていく。 ついてこいと言われたわけじゃないけど、何故か僕はその後姿を追いかけないといけないとそう感じたので、黙ってその後ろを嫁いていく。 トウカは何も言わず、ただゆっくりと歩いていく。 普段は人気のデートスポットの海浜公園も、クリスマスイブであるこの日、そしてこの気温のせいなのか、人影はまばらだった。 18時半…そうか、まだクリスマスディナーを楽しんでいる時間だからかもしれないななどと無駄なことを考えながら、付かず離れずのペースでトウカの後ろを歩く。 15分ほど歩いただろうか、トウカが突然歩みを止めた。 この場所は…初めてトウカとキスしたところだ…と気がついた。 ベンチとベンチ、街灯と街灯の隙間、偶然生み出された真空地帯。 「ね…私のこと、どう思ってる?私はね…今でもミド…ううん、タツキが好き。」 こちらを振り返ることなくトウカが言った。背中を向けたままトウカが言った。 表情が見えないから、彼女が何を考えているのかはわからないけど、その声音はどんな答えでもいいから本当のことを話してほしいという気持ちにあふれていた。 「僕は…、僕も…トウカが…。今でもトウカが好きだよ。あの日の間違いをどれだけ悔やんでもくやみきれないほどずっとトウカのことばかり考えていた。」 だから僕も正直にまっすぐに答えた。 「私…ね、私、女神じゃない。天使でもない。聖女でもない。ただの人間なんだよ。」 トウカの声が震える。泣いているのだろうか。背中越しではそれはわからなかった。 「だからね、だから、これが最後の…。どうするかタツキが…決めて。」 言葉と同時にトウカが振り向く、そしてそのままの勢いで僕の胸に飛び込んできた。 そして奪うように僕の唇にキスをしてきた。 「ね…タツキ…私はね、他の誰でもない、あなたの色で染めてほしいの。女にだって相手が欲しい 抱かれたい、染められたいって欲はあるの。私は人間なの、女なの。好きな人に抱かれたいって 思って、その暖かさに包まれて眠りたいと思ってしまうただの人間なの!美化しないで!ただの私を見て!汚らわしくても、醜くても、そう思ってしまう、ありのままの私を見て!!」 トウカが叫んでいた。泣いていた。心の底からの思いを口にしていた。 「ねぇ…ねぇ…タツキ…タツキぃ…お願いだから…私を見て。ありのままの私を…受け入れて…おね…がい…」 先程の激しさが嘘のような弱々しい声。トウカはもう泣いていることを隠そうともしなかった。 この途絶えていた3ヶ月の間の思いを全て、包み隠さず僕に開示していた。 そしてその全てを僕に開示した上で、決断を僕に委ねた。 「私のこと、本当に好きなら…今すぐ、抱いて・・・」 消え入りそうな声でトウカがそう告げて、そのまま僕の胸に顔を埋めた。 多分、僕はここに来るまでにこういう出来事が起こることを予想していたのだろう。 離れていた3ヶ月で僕は十分に考えることが出来ていたのだから。だからトウカの肩を掴んだ。 そしてゆっくりと、僕の胸から彼女を離し、少し強引に彼女の顎を指で持ち上げて、その瞳をまっすぐに見つめた。 「トウカ…ごめん…。」 この決断に…後悔なんてしないと、僕は決めていたから。
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