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あと一歩の勇気 (Another History)
「トウカ…ごめん…。」
僕は、絞り出すようにしてそう告げると、トウカの肩から手を離した。
「僕は、トウカにふさわしくない…トウカと釣り合わない。」
一歩後ろに下がる。これが僕の心の正直な反応だった。
「僕は、どこにでも居る、普通の人間なんだ。勉強ができるわけでもない。スポーツだって苦手だ。顔だって普通だし、性格は…ほらこんなだしさ。」
トウカに背を向けた。そのまま言葉を続ける。
「トウカと付き合ってて、好きだったけど、幸せだったけど。…僕、辛かったんだ。本当に辛かった。僕はトウカに釣り合っていない、それを思い知らされるから。」
「そんな……、ううん…そうだった…んだね。うん…解った。決断…タツキに委ねるって、約束したもんね。」
トウカの涙混じりの、だけど最後の意地を込めた声がそう言った。
「1つだけ、お願い。…別れるなら、二度と振り返らずに、ここから立ち去って…。絶対に…振り返らないで。」
「うん…分かった…よ。」
トウカの言葉に短くそう返事すると、僕は一歩踏み出す。
好きだけど、好きなのに、好きだから…でも僕には受け止めきれないから
(愛じゃないから)
僕は彼女を抱けなかった。恋人で居続けることが出来なかった。
一歩、一歩僕は歩みを続ける。
さようならトウカ。大好きでした。でももう一緒には歩いていけないんだね。
未練…?後悔?色々な感情が混ざりあい、何度も歩みを止めそうになる。
何度も振り返りそうになる。
だけど約束したんだ。絶対に振り返らないと。
その約束を守ることこそが、僕が最後に見せることが出来る、男らしさなのだから。
背後でトウカの泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。
それから僕はどう過ごしたのか、今でも記憶がない。
年が明け、大学に向かった僕は、信じられない話を聞いた。
【遠藤董香が大学を辞めて地元に帰った】
【お見合いの話が進んで、結婚秒読みらしい】
そっか、だからトウカはあの日、決断を迫ってきたのか。
不思議と納得できた。全ての辻褄があったような気がした。
「タツキくーん」
ぼんやり海を見ていた僕を呼ぶ声がして、振り返る。
あの海浜公園。あの真空地帯。
そんな場所に居たから、思い出したのだろうか。
そう考えてしまったことに苦笑する。
「ん?タツキくん、どうしたの?泣いてる?」
僕の隣まで小走りに走ってきた女性が、僕の顔を覗き込んで言う。
「え、泣いて…ないよ…。」
僕がそういった瞬間、何故か涙が溢れてきた。
「あれ、え、なんで…おかしいな…。」
僕は慌てて、シャツの袖で涙を拭う。
「もう、相変わらず繊細だね。サトシもそうおもうよねー。」
女性の胸に抱っこされている男の子が、何を言われているかわからないとでも言いたげな顔で、キョトンとしている。
あれから7年の月日が流れている。
僕は社会人になり、そこで出会った彼女と結婚した。
子供にも恵まれ、平凡な幸せを手に入れている。僕は満ち足りている。
今の生活に満足している。だって彼女は、優しくて可愛い、だけど等身大の
女性だから。僕に釣り合ってくれる女性だから。
トウカ…あれから僕たちは一度もあっていないけど。
僕はこうして、自分に見合った幸せを手に入れている。
君と居たときほど、夢見心地になることも、苦しむこともない、地に足つけた
幸せを手に入れているよ。
トウカ、君は幸せに生きているんだろうか。
お互いの人生に、ほんの少しだけニアミスした、あの短い季節を
君は思い出として、心の中に仕舞っていてくれているのかな。
「ほぉら、タツキくん…いくよぉ。」
また過去に引きずられて、ボンヤリしている僕の背中を彼女が叩く。
「まだまだ、買い物しないといけないもの有るんだからね。」
そういって僕の手を取る。行こうといって可愛く笑う。
これが僕の幸せ。
もう一度だけ、海を見る。
心のなかで、さよならと呟くと、僕は手を引かれるままに歩き始めた。
(約束だから、もう振り向かないよ…)
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