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第三章 我が父上様。
父上の部屋はこの屋敷の一番奥にある。
理由は知らない。どうせ、奥は日差しが弱くてすごいやすいから、とか、どうでもいい理由なんだろう。
廊下を歩く自分の足音でさえ、鬱陶しい。
袴の擦れる音さえ、鬱陶しい。
それくらい今の私には余裕がない。
堂々と歩いているように見えて、本当はとても震えている。
怖い、怖いんだ。
父上と接することが。
怖い…けど、これを乗り越えないとだめ。
父上は謎に頭がいいから、留守番の件でもなにか考えてるに違いない。
それを炙り出さなければ、なにをされるのか…なにが始まるのか、わからない。
私はゆっくりと深呼吸した。
眼の前には、父上のいる部屋の襖が。
袴をギュッと握って、目を閉じた。
数秒して目を開けると、もう冷静だ。
大丈夫。
私なら普通に接せる。怖くなんて、ない。
思い切って、襖に手をかけた。
スーという音が耳に入り、急に焦ってくる。
前を見ると、胡座をかいて酒を飲む父上の姿が。
ギロリとした目で私を見つめ、チッと舌打ちを打った。
「なんだ。貴様なんかが俺に何用だ。」
盃(さかずき)を口に近寄せながら私を睨みつけた。
「今度の出張の件ですが、何故(なにゆえ)私と古江師範が留守番なのでしょうか。それを、お伺いに来たのです。」
暗い部屋に、私の切れ味の良い声が響く。
その後はどちらも何も話さず、沈黙が続く。
酒を啜る音が耳に入る。
「うむ。それに意味などない。帰れ。」
「えっ、」
私は戸惑う。
意味がないはずない。きっと、痛いところを突かれたから話したくないだけ。
だから、帰れと言っている。
でも、ここで帰ったら……。
私がその場でじっとしていると、父上は盃を床に置いた。
立ち上がってノシノシとこちらに歩いてくる。
そして、私に拳を降り掛かった。
しかし、私はそれを安易に避け、父上の腕を引いて投げ飛ばした。
父上は畳に転がされ、私は乱れた袴と心を直した。
「『前置きなく相手に斬りかかるのは心の乱れ』。そう部下に教え、その部下が私に体の術を教えた。父上が言ったことでしょう?人に言っておきながら自分ができないなんて、最低ですね。藩主、失格です。」
私はそう言い残し、部屋を後にした。
……………やってしまった…………。
最悪だ。……最悪だ。
「藩主失格です。」なんて言っておきながら、私も「蒔田家失格です。」なんじゃないか…。
父上投げ飛ばした上、毒突き、なんの情報も聞き出せなかった……。
私は何をしにいったのだ。
師範にはため息をつかれること間違いなしだな……。
道場へ帰ってくると、素振りをする師範がいた。
こちらに気が付くと、駆け寄ってきた。
「……大丈夫だった…?殴られたりしなかった…?」
そっちの心配が先に来るのはやはり師範はお優しい。
「殴られはしたが、…私が父上を投げ飛ばしてしまっまた。…短気なところが私の短所だ。直さなければ…。」
頭をかきながらそう伝えると、師範は驚いた顔をして、すぐプッと吹いた。
「わは、ふはは。フッ、千らしいですね。上出来です。」
いつもより爽やかな満面の笑みを浮かべて、私に「上出来」の合図、頭に手を置くことをした。
「…そろそろこれやめろ。もう十二だぞ。」
「まだ十二なんですよ。……小さい頃の千は可愛かったよなぁ……」
「その話、長くなりそうか。」
私が木刀を拾い、師範の頭にぽんと木刀を置いた。
「話の間に一本取れちゃうが?」
「……卑怯ですよ!!」
それからは二人の稽古。
……なんの情報も得られなかったこと説明してないけど、師範ならきっとわかってくれている。
……出張では、なにか嫌な予感がする。
あの父上の隠し様。
きっとなにかある。
〜続く〜
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