《消えない残響》2013年11月18日

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 大型のダンプが何台も並ぶだだっ広い駐車場の食堂に入った。店内には作業着姿の男たちが目立つ。労働者ご用達の店なのか、汗の匂いと熱気が満ちていた。  漆原は顔を思いっ切り晒し、有名人らしからぬ気軽な足取りで入り口に近い席についた。対面に座った蓮司はまだ狐につままれたような気分が抜けなかった。一時間ほど前は検察庁の前で絶望に打ちひしがれ、20分ほど前には見知らぬ田舎町の神社で首を括ろうとしていたのだ。それが今はプロ野球選手と向かい合って飯を食おうとしている。一体今日はどういう日なのだ。 「さば味噌定食」 漆原が言った。店員なのだろう、太った中年女性が傍に立っている。蓮司はテーブルに付いている醤油の染みを見つめた。 「おい」と漆原。蓮司は顔を上げた。「注文。店員さん待ってはるがな」  蓮司は見るともなしに壁を見た。 「冷やっこ」 貼り紙に書かれた文字が蓮司の口をつく。暫し間があったが、店員は離れようとしなかった。 「他にご注文はよろしいですか」 店員が言った。  蓮司は頷き、「食欲があまりないもので」 と、言い訳するように言い繕った。 「瓶ビールも付けといて」 漆原が言った。店員が席から離れていく。 「やっこだけでも食い物が腹に入ったら気持ちも変わるやろ。ビールもいけるやろ」 「いつも、こんな感じなんですか」 「うん?」と漆原が首を傾げる。 「ほら、漆原さん有名人やのに、こんな人目の多い所で帽子も被らんと顔晒して、騒ぎとかにならんのですか」  漆原が大きな声で笑った。店内の目が蓮司たちの席に集中する。 「お隣の大阪ライガースならいざ知らず、俺はパリーグの不人気チームの選手やで。よっぽどの野球マニアやないと顔なんか差すかいな」
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