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…と、表面上見せかけて。昼食の後片付けを済ませて、それからそろそろ夕食の仕込みも始めなきゃ。とため息混じりにキッチンへと戻るその背中を見送ったあと、しばらくタイミングを見計らってからわたしはそっと足音を忍ばせ、我が家の玄関を通り抜けて光の溢れる野外へと出て行った。
わたしは、とにかく光と風が好き。きらきらと輝く目に眩しい広々した海も、振り向くと鮮やかな緑に染まって背後に頭上高く聳えてる山も。自然のものなら何でもいい。いつまでもずっと見てられる、ほんとに綺麗な光景だなぁ。といつも惚れ惚れする。
自分ではごく普通、当然の感性だと思う。だけど今の世の中では。こういう感覚は頭のねじが外れてる、ちょっと異端なんじゃ…って扱いなんだよな。
とにかくみんな、野外が好きじゃない。できたら地下エリア、そうじゃなくても必要最低限の活動を済ませたらあとは極力建物の中で過ごしたい。って人たちがここでは大半だ。
ごく小さな子たちは放射能がとか大気汚染が、とか言われても理解できないし。目に見えないものの話をされても実感がないから、親たちが止めても特段気にすることなく隙を見て外で遊ぼうとする。
けど、今は平日の昼間。子どもたちはみんな学校で授業を受けてる最中だ。漁船は早朝しか海に出ないし、畑での作業も朝と夕方。こんな時間帯に外をふらふらしてる物好き、まじでわたしくらいしかいないって現実。
TVや本や漫画なんかの中では、人はみんな自然や綺麗な景色が大好きみたいなんだけどなぁ。と海へと降りていく道を徒然に歩みを進めつつ、思わず知らずため息が漏れるけど。
あくまでそれは、地球が毒素ですっかり汚染される前までの話。見た目がいくら胸を打たれるほど美しくても、そこに含まれている人を弱らせて蝕むものは目に見えない。
だから、いくら警戒してもし過ぎることはない。と集落ではみんなが何となく信じてる。だけどそうは言っても実際は、世界大戦が終わってもう百年以上が経ってるはず。
放射能はともかく、化学兵器や戦闘で撒き散らされた細菌がほんとにまだ今でもこの辺りの自然界に染みついて残ってるんだとしたら。…もうとっくにその影響がわたしたちの身体に出て来てておかしくないと思うんだよね。みんなちょっと、さすがに怖がり過ぎなんじゃないのかなぁ。
目で見て『ある』ことを確かめられないものは、当然見た目で『ない』ことを証明するわけにもいかない。だからもう大丈夫って、ここの誰もいつになってもはっきりと言い切れないのが難しいところだ。
だけど、わたしは個人的な勘としてはそろそろもうさほど怖がらなくていいんじゃないかと思ってる。
だって、昨日や今日始まったことじゃなく。物心ついた頃からこうして隙を見て外に出ては、集落の他の人たちの平均よりよほど多めに陽の光を浴びてるけど。今のところ特にわたしにだけ目立って身体の変調が起こったことなんて。これまでいっぺんたりともないし…。
「…おお」
海へ降りる坂道の途中、鬱蒼と茂って集落をほぼ覆い隠してる樹々の連なりがふと途切れて、その先の浜辺と続いてる一筋の途の全容が急に視界に入る。
途端にわっと目前に広がる、ゆらゆらと漣を立ててる透き通った青い水面と静かに泡立つ波打ち際、そして真っ白な砂地の浜。晴天の日のここから見る風景、ほんとに心から好き。
「…きれい」
思わずうっとりとした呟きが唇から漏れて、小さなため息が出る。
わたしが生まれてきた、今いるこの世の中がそんなにいいとこだとは正直それほど思えない。生を受けた時代に当たり外れがあるとしたら自分が引いたくじは間違いなくはずれだな、と思ってる。もっと生きやすい、選択肢のいっぱいある楽しくて素敵な時代はこれまで地球上にいくらでもあった。それは、先人たちが後世に残してくれた数々の遺産を見る限り。断言して差し支えないと思う。
けどそれはそれとして。…こうして忌憚ない心で眺めると、人類のほぼ全てを犠牲にして何とか残ったこの空っぽの大自然は。おそらくその便利で快適な時代と違わなく、ううん多分それよりもっと。
人がいなくなって邪魔されず、汚されなくなって放置され続けたこの百年あまりの分だけ。ずっと余計に、美しい。
みんな、勿体ないなぁ。こんな気持ちのいい良い天気の日に。
そう頭の片隅で申し訳程度に惜しみつつ、だけどこの鮮やかな青と白のコントラストを見せつけてる海と砂浜を独り占めできる贅沢に、実は内心では浮き浮きで。わたしは緩やかに曲がって下る白い坂道を弾むように駆け下りていった。
浜辺に着いて、視界が開けた場所に出たら。まずは風の吹いてる向きと強さを確認しよう。
それから空を見上げて雲の量と形を記録。集落で木々や岩の塊、それと切り立った断崖に邪魔されずに360度空の視界を確保できる場所は、ぎりぎりあの砂浜にしかない。
やがて足許の道が尽きて、わたしはさらさらの白砂が広がる湾の浜辺に辿りついた。
それなりに広さはあるけど、浜の両側どちらともの端は背後と同じく、切り立つ鋭い角度の崖で途絶えている。
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