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「あるところに、お釈迦さまが人々から尊敬されているのをひがんでいる男がいました。
男はそんなお釈迦さまの人気を落とすために、群衆の前でお釈迦さまのことを口汚く罵り始めました。
ところが、いくら罵っても罵ってもお釈迦さまは黙って聞いているだけで、一言も返してきません。
男はやがて罵ることに疲れてしまい、その場にへたりこんでしまいました。
いくら罵ってもお釈迦さまが一言も言い返してこないので、なんだか虚しくなってきてしまったのです。
すると、お釈迦さまは男にこう質問しました。
『もし贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかったら贈り物は誰のものだろうか?』
男は鼻で笑って返しました。
『そんなの、相手が受け取らなかったら贈ろうとした者のものだろう』
そう言って男ははっと気がついたのです。」
このお話の意味は、「どれだけ酷いことを言われたとしてもそれを受け取らなければ、それは全部言った人が受け取ることになる」ということです。
私はこのお話がものすごく心に響きました。
なぜかというと、自分が真奈美に言われたことを全部「受け取って」しまっていたからです。
まさにそれは、真奈美から黒いものを受け取って自分自身までもが黒くなってしまっていたと気付かされた瞬間でした。
私は結婚する直前、真奈美からたくさん酷いことを言われました。(詳しくは作品をご覧下さい)
あの時私は、真奈美の異常性に圧倒されるあまりに怒りの感情すら湧かず、何も言い返しませんでした。
ですから、あの時真奈美が私に言ったことのすべては真奈美のものです。
自分の発言を、真奈美自身の耳が聞いて脳へ刻み込んでいるのですから。
「幸せになられへんと思うわ」って言われたけれど、もうそんなことはどうでもいいんです。
だって私は今、幸せだから。
最終的にたどりついた答えは、自分の中に出来てしまった恨みや憎悪を生かすも殺すも自分次第だということでした。
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