4

3/6
前へ
/29ページ
次へ
 仕事を見つけるために動き出すことをしない理由は、友梨にもわかっている。自分に何ができるのか、そう考えだすと、何もない、そう結論付いてしまうようで怖かった。それが本音なのだ。  多恵と宏美には子どもがふたりいる。佐和子はホームセンターでパートをしている。自分だけが怠けているようで、友梨は常に負い目を感じていた。  それもあって、貴之の言葉に過剰に反応してしまう自分がいる。何でもない言葉が鋭い棘となって友梨に突き刺さる。 「でも、そういうふうに聞こえる」  友梨は貴之を睨みつける。  こんなに露骨に貴之に嫌悪感を示すのは初めてかもしれない。  今日の午後、茉莉香の家で穏やかに過ごした自分とは真逆だ、友梨はそう思った。 「そうじゃなくて、俺はさ、同じ金を使うのでも、家族でどこか旅行に行ったり、そういうのに使いたいんだよ。悠心だって、病気なわけじゃないし、背だってこれからどんどん大きくなっていくんだから心配する必要なんてないんだ」 「そんなのわかんないじゃない。これから病気にならない保証だって、どれくらい背が伸びるかだってわからない。パパはいつもそうだよ。子育てのこと全然わかってない。悠心のことだって全部私に丸投げなんだから。悠心の野菜嫌いを直そうと一生懸命工夫して料理したり、夜更かししないように寝かしつけたり、そういうこと全然知らないでしょ。なにが病気なわけじゃない、背だってすぐ伸びる、よ。私の努力があってそれが成り立っているのに」  売り言葉に買い言葉だとわかりつつ、友梨はまくし立てる。言葉の途中からは、もう自分が一体何に腹を立てているのかわからなくなっていた。 「わかってるよ、ママが悠心のために頑張ってること。感謝だってしてる。でもさ、俺は外で働いているんだから、ママと同じように悠心の世話をすることはできないよ。育児や家事だってきちんとした仕事だってちゃんと思ってる。だから俺が外で働いている分、ママに家でのそういう仕事を任せられるんだ。分業なんだよ、夫婦は」  貴之は宥めるように言う。その言い方にかえって苛立つ。 「じゃあ、仕事が休みの日は家事も育児もパパが分担してくれるんだね? だって、今のままじゃ私には休みだってないんだから」 「わかった。できる限りのことはするよ」 「できる限り? 気楽なもんだね。そんな気持ちでいるなら育児に口を出す権利なんてないよ」 「権利はあるだろ? 俺は悠心の父親で、ママの夫なんだから。ママがうさんくさいビジネスに首を突っ込もうとしているのを諫める権利だってある」 「もういい」  友梨は立ち上がり、緑茶の入っていた湯飲みを流しに置くと、何も言わずに着替えを用意して風呂場へ向かった。  まだ怒りの火が収まらないまま、湯船につかる。ひとりきりで温かいお湯につかっていると、少しずつ冷静さを取り戻していく。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加