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──3ヶ月前──
「こらあっ、航大! お友達をぶっちゃダメっていつも言ってるでしょ!」
国道沿いにあるパン屋のテラス席の長閑な空気を、花盛多恵の怒声が震わせる。
自家製パンで評判のこの店は、テラス席から見渡せる広場に子ども向けの遊具が設えてある。この地域のちょっとした人気店で、郊外からわざわざやってくる客も多い。
休日であれば店内はすし詰め状態で、テラス席など常時満席だ。しかし今日は平日。先週の土曜日に小学校の学校行事があり、その代休を利用して佐伯友梨はママ友たちと子連れで初めてこの店を訪れていた。
怒鳴り声をあげたあと、すぐに多恵は申し訳なさそうな顔を友梨に向ける。
「ごめんねぇ、航大が悠心くんに乱暴しちゃって」
「ううん、何か理由があったのかも」
友梨は広場のブランコに腰かける息子の悠心に声をかける。
「大丈夫? 何があったの?」
悠心はブランコの鎖を両手で握りしめたまま、ふくれた顔をうつむけた。黙っている悠心に代わり、航大が母に負けない大声で答える。
「だって悠心くんがずうっとブランコ独り占めしてるんだもん!」
ママ友たちとおしゃべりをしながらも、時々目の端に悠心の姿を入れていた友梨は、確かにずいぶんと長く悠心だけがブランコに乗っていたことに思い当たった。ブランコはひとつしかない。
「悠心、代わってあげようね。順番だよ」
友梨がそう言うと、悠心はふてくされた顔のままブランコを降りた。航大がすぐにブランコに飛び乗る。
悠心はのそのそと滑り台に向かい、ちょうど滑り降りてきた一希と何か話すと、おにごっこを始めた。
あのペアなら安心だ。友梨は心のなかで息をつき、コーヒーカップに口をつける。
「まったく、乱暴で困っちゃう。もう小2だって言うのにまだイヤイヤ期から抜けないみたい」
多恵は困り顔で盛大にため息をついた。
「男の子あるあるだよね」
黙って聞き役になることの多い下澤佐和子が、多恵をフォローして言う。幼稚園から悠心と同じクラスだった佐和子の息子の一希は、いつも聞き分けがよくイヤイヤ期すらなかったように見える。
「そういえばさ、これ見た?」
カレーパンを食べ終えた橋崎宏美が、話題を変えようとばかりにおもむろにスマホを取り出してテーブルの真ん中に置いた。
テーブルを囲む友梨たちは揃って頭を寄せ合う。
宏美のスマホ画面には、子どもと大人が入り交じった集合写真が映し出されている。よく見ると知った顔ばかりだ。子どもたちはそれぞれボールを抱え、サッカーゴールを背にしゃがんでいる。その後ろに大人が横一列になり、にこやかな笑顔をカメラへ向けていた。
「一軍の子たち、また自主練したんだ。熱心だよね~」
多恵が感心したようにつぶやく。
写真に映っているのは、悠心たちと同じサッカークラブの上位チーム、いわゆる一軍チームの児童とその保護者たちだ。
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