1人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、慎也くん? 今大丈夫? うん、今週の土曜日なんだけど、自主練やるから来てくれない? そう、じゃあそれ終わってからでいいから。うん、場所はいつものとこ。はぁい、よろしくね」
茉莉香は電話を切ってからまだスマホを操作している。友梨はその顔をこっそり見つめた。
──慎也くん? 電話の相手はコーチ、だよね。
友梨は深田慎也の日焼けした顔を思い出す。
悠心が一軍へ昇格することが決まった日、練習のあとで迎えに来た友梨に駆け寄って、
「悠心くん、今日からホワイトチームで練習を始めたんですけど、環境も少し変わると思うのでおうちでのケアをお願いしますね。悠心くん、今日もとても頑張っていましたよ」
爽やかさのなかに礼儀正しさもあって、友梨は思わずドギマギしてしまったのだ。
男性との会話なんて夫以外ほぼないようなものだから、と心のなかで言い訳したのを思い出す。
色白の肌に伏せられた茉莉香の長い睫を見つめながらぼんやりと考えていると、ふと茉莉香が顔を上げた。
「ん? どうかした?」
「あ、ううん、茉莉香さんって、コーチと仲いいんだね。タメ口だったからちょっとびっくりして」
「あぁ、だって年下だし」
茉莉香は何でもないことのように言う。
「そっか、深田コーチって20代だっけ」
「そう、24だよ? 個人的にはもうちょっと経験のあるコーチを採用してほしいものだけど。あ、もしかして友梨さん……」
いたずらっぽい顔で茉莉香が笑い、友梨は内心ドキッとした。
「もしかして、私とコーチが付き合ってるみたいなあの変な噂、信じてるの?」
「え? あ、ううん、そんなことないけど」
友梨は慌てて否定する。それを見て茉莉香はテーブルに頬杖をついた。
「まぁ、だいたい噂の発信者が誰かなんて想像つくけど。それにしてもコーチが年上の保護者と付き合ってどんなメリットがあるって言うんだろ、くだらない」
珍しく吐き捨てるように言う。
「思い上がってるのは母親たちだけなの。まだ女として見られたい母親たちだけ。私は女としての自分を自分自身で認めているから、他の誰かに認めてもらう必要なんてない。夫や息子には、いつでも可愛いって思ってもらいたいけどね」
最初のコメントを投稿しよう!