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練習試合で見かける茉莉香は、クラブチームの保護者らしくカジュアルな装いだが、よく見るとハイブランドのシャツやスニーカーを愛用しているような母親だった。
夏ともなれば大きな日傘に、サングラスをかけ、きれいに巻いた髪をなびかせながら運動場を歩く。
息子の星凪はクラブ内では飛び抜けて身体能力が高い。入会後からずっと不動の10番を誇っている。サッカーにおいて背番号10番は、エースを意味する。
茉莉香は常に取り巻きの一軍ママたちに囲まれ、友梨たちにとっては、話しかけることも憚られるような遠い存在だった。
そして、友梨たちがなんとなく近づきがたいと思うもう一つの理由は、まことしやかにささやかれる茉莉香とコーチとの不倫の噂のせいだ。
コーチの深田慎也は20代半ばの爽やかなイケメンで、日に焼けた肌とすらっと長いその手足に、母親人気は密かに高い。子どもを預けている手前、あからさまに好意を寄せるような真似をする者はさすがにいないが、それでも心の中で目の保養とでも思っている母親は多いだろう。
その深田と茉莉香がどうやら不倫関係にあると、誰が言い出したかもっぱらの噂なのだ。
休日のテーマパークで仲睦まじいふたりを見かけたとか、駅前の高級スーパーで手をつないで一緒に買い物をしていたとか、真偽のわからない噂話が友梨の耳にも流れ込んでくる。
それらの話を友梨たちに聞かせるのは大抵、宏美の役割だった。宏美は一軍ママたちのSNSなども定期的にチェックしている様子だ。
「まぁ、茉莉香さんなら私的にコーチを呼び出すくらいわけないよね」
多恵が皮肉交じりに言うと、宏美は一層瞳を輝かせ、唇をなめる。
「それがさ、今はどうやら違うみたいよ?」
「え? まさか別れた?」
ふふ、と小さく笑って、宏美はスマホの縁を指でつついた。
「私さ、偶然見ちゃったんだよね、この写真の日に」
言葉を切って、宏美は素早く辺りを見渡した。皆、自然と宏美に顔を寄せる。
「この自主練をやったサッカーコートの近くのコンビニで、コーチの車から涼子さんと吉成くんが降りてきたの」
「涼子さん?!」
3人揃って変な声を上げてしまった。
「そう、涼子さん」
宏美はその反応に満足したのか、大きくうなずいて見せる。
友梨は鈴木涼子の端正な横顔を思い出す。
茉莉香のような華やかさはないが、整った顔立ちで線の細い美人だ。しかしその美しさに自分では気が付いていないかのような控えめな佇まいで、派手な一軍ママたちのなかにいると存在がかすんで地味に見えた。
宏美が見せてきた集合写真でも、ひっそりと後列の端に立っている。
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