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「はぁ……で、いったいなにごと?」
困惑顔のユリと走ってきてボサボサのレンの前には、ビジネススーツを着こなすいかにも仕事の出来そうな女性マネージャーが腕組みしている。その美人さんな顔は、残念ながら眉間にシワを寄せている。
「そ、れ、で?なんでまさにデビュー直前のアイドルともあろうレンさんが?女の子を仕事場に連れ込むわけ?説明して?」
わけのわからないユリは、ただちょこんとレンと呼ばれる彼のとなりでパイプ椅子に座っている。
「ねぇ山ちゃん、落ち着いて聞いて?」
「私は落ち着いてます」
よく見ると、山ちゃんというマネージャーさんも怖い人というわけではなさそうだ。立場上、把握しておかなければならないのだろう。
「俺が個人撮影押してダッシュで来たら……」
「はい、それは知ってます」
「会場前に立ってたのが、俺がこの前たまたまスーパー朝顔で助けたお姉さんだったわけ!」
「……助けた?」
山ちゃんの視線がユリを突き刺す。さすがに何か助け舟を出さねば、と思ったユリが発言する。
「えっとその日、私がBlue Mondの解散で大変動揺しておりまして!財布も持たずにレジで困ってたところを助けていただきました!以上です!」
山ちゃんの顔には「財布も持たず?」と多少疑問が残ったままのようだが、レンが説明を続ける。
「それで、さっき思わず俺が顔見て大声出しちゃって……すまん山ちゃん、すでに待機してたファンに怪しまれそうだったからとりあえず中に連れてきた!」
「とりあえずってねぇ、すでに外でこの子見られてるんでしょう?」
レンは信頼に満ちた瞳で、呆れ顔の山ちゃんを見つめてお許しをいただこうとしている。
「せっかく俺らのイベント来てくれたんだからさ?帰すわけにもいかないし、山ちゃんのチカラでなんとかしてよっ!お願い」
「まったく、マネージャーを何だと思ってるのよ」
そう言いながら、山ちゃんがユリの身長や髪型をさりげなく把握する。まだSTELLAを推すと確定しているわけではないので、正直に言うとユリはそれなりの格好で来た。あまり気合いを入れてオシャレをしてきて、確定ファンと思われてもSTELLAにもファンにも申し訳ないと思ったのだ。ユリなりに"にわか感"を演出してきた。それでもイベント慣れしているヲタクなので、カバンの中にしっかり自分の名前を呼んでもらえる名札は持参してきた。参加するからには、楽しまなければもったいない。
「わかったわ、彼女のイベント参加は私がなんとかするからレンはメンバーと合流して準備しなさい」
「さっすが山ちゃんありがとう!あとお願いね!」
思惑どおりに状況を進めて、スタンバイへ向かう要領の良いレンはしっかりユリへの営業も忘れない。
「巻き込んでごめんね!ね、もちろん俺推しだよね?またあとでね!」
まるで一瞬の嵐のように、レンはメンバーの控え室へと去っていった。
その時、廊下にいたアオハはレンの出てきた部屋の中に山ちゃんとユリの姿が見えて驚いた。
「なんでここに……?」
理由を知りたかったが、声をかける訳にはいかなかった。アオハは楽屋の鏡で、自分の目もとにそっと指で触れる。すでにヘアメイクを終え、アイドル活動用だけのために今日もメイクさんに書いてもらったホクロを見つめる。まだデビュー前だと言うのに、すでに偽りの限界が見えている気がした。
「やっぱり、しばらくの気休めにしかならないか」
そう呟いて、アオハもメンバーと合流した。
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