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「ねぇ、ユリいまどこ?」
電話の相手マルちゃんは、ユリの目の前で待ち合わせ相手が見つけられずに辺りをキョロキョロしている。ユリはちょっと面白くなって、人混みの中とはいえあと2メートルくらいの距離まで近付いて主張する。
「ここ、ここだってばここ!」
「え、ふざけてないでよココってドコ?」
「だから、目の前だってばココー!」
ユリが手を振ったり自分を指差したり、だいぶ大げさにアピールしてやっとマルちゃんと目線が合ったので電話を切った。
「えぇーッ?!それどうしたのユリ?!」
マルちゃんが驚くのも無理はない。服装、髪型、メイクすべてが今まで見たことのないユリに変わっているのだ。
「えっとまたちゃんと説明するけど、ちょっと魔法をかけてもらいました♪へへっ」
「へへっじゃないよ!ビックリしたぁー!ほんと魔法じゃん!魔法!めっちゃ可愛い!」
マルちゃんは、ふわふわのワンピースを着るユリも、ストレートヘアを緩く巻いたところも見たことがなかった。ユリのまわりをぐるっと1周しながら褒めちぎる。
「ちょっとそれも失礼じゃんー!マルちゃんなら魔法ってなんだよってツッコんでくれると思ったのにぃ」
「あはは、ごめんでも意外だけど似合ってるよ!」
何度参加しようとも、イベント独特の特別感にはもともとテンションが上がるもの。それに加えてユリの変化もあり、初めて参戦するグループのイベントでもあり、2人は未知のワクワク感に興奮していた。
『グッズ列の最後尾はコチラでーす!』
少し離れたところから聞こえてきたスタッフさんの"グッズ"という単語に、ユリたちの耳が同時に反応して顔を見合わせる。
「さぁ、行きますか?」
「もちろん、最低限ペンラは必要でしょ!」
「うっわどうしよ、お財布がうずうずしてる」
「わかる、うちら重症だわぁ~!」
すでにアイドルヲタクの現場独特の中毒症状を発症している2人は、吸い込まれるようにそれなりに長いグッズの購入列に並ぶ。並んでいる時間も、ヲタクにとってはイベントのうち。なにを何個買おうかギリギリまで悩む最高の時間。
今回は推しメンバーどころか、グループ自体推すか確定していないので2人は悩む項目も多い。もちろん推しが定まっていないので、メンバー別のグッズはなおさら買う予定はないのだが、予定とは未定なもの。いざ現場でグッズのビジュアルを見ると、気付いたら買っていたなんてことはよくあるものだ。
「今回のペンライトは5パターンに点灯するので、ご購入後に点灯の確認をお願いします」
「あ、はい」
さすがBlue Mondと同じ大手事務所、STELLAのスタッフさんも対応が良いなぁなどと思いながら、2人はグッズ購入を済ませた。
「ねぇ聞いてマルちゃん!私めっちゃ耐えてペンラだけ買ったんだけど偉くない?!」
「え?」
ポカンとした顔のマルちゃんの手もとには、ペンライト以外のグッズがある。それを顔の前に出し、マルちゃんが自白する。
「すみません、あまりに健康的な笑顔が眩しすぎて気付いたら優星くんのクリアファイル買ってました」
「あはは、マルちゃんめっちゃ意外なんだけど優星くん推し?!」
「うちだって、自分でも初めてのタイプにハマりかけててびっくりしてるんだよぉ」
まるで恋の始まりのような顔をしているマルちゃんは、とても可愛い。
「ハマり始め」
それこそ、ヲタクが最初に経験する1番楽しい時期なのだ。
ふと、近くにいた知らない人たちの会話が聞こえた。
『ねぇ、今日メンカラ発表されるらしいよ!だから箱推し含めてペンラ5色なんだね!』
ユリとマルちゃんは、また顔を見合わせる。次から次へと、新しい難題が押し寄せる。
「ねぇユリ、メンバーカラー発表だって」
「うん、聞こえた」
「うーわぁー!とりあえずで箱推しのカラーつけておくか腹くくって優星くんカラーにするか悩むぅー!」
文字通り、頭とクリアファイルを抱えて悩むマルちゃんを見ながら、ユリも心の中ではだいぶ動揺していた。もはやこの流れでは、マルちゃんはきっと優星カラーになるだろう。ユリは、どうするのだろうか。答えが出ないまま、2人はイベント入場口へと向かった。
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