見たことある人たち……?

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見たことある人たち……?

•*¨*•.¸¸♬︎•*¨*•.¸¸♬︎ 寝落ちして放置したスマホから、推しの曲が聞こえる。カーテンの向こう側が明るい。ユリの身になにがあろうと、当然のようにこの世界には朝が来てしまった。とりあえずスヌーズ機能に頼って、その場で目を閉じたままユリは自分の置かれている状況を振り返った。 きのうは、【解散】という理解不能な単語をいきなり突き付けられた。スーパーへ買い物に行き、なぜか2人も見知らぬ人にSunnyとしての励ましを受けたが、結局泣き腫らして朝方眠りについた。それはもう、ゆうべというより早朝だった。 •*¨*•.¸¸♬︎•*¨*•.¸¸♬︎ さっき寝たばかりなのに、もう2度目のアラームで推しの曲が鳴っている。スヌーズを止めて、のっそり起き上がる。寝足りないというよりも、推しを見る時間が足りない。人並みに仕事もする、ご飯も食べる、お風呂も入る、それから推し眺めタイムを楽しむ毎日。どう考えたって、1日が24時間じゃ足りないのだ。 「にゃあー」 「ん、おはようルナ」 主の寝起きを察したユリの猫が、朝のご挨拶にベッドにのぼってくる。 ひとり暮らしで猫なんて飼うつもりもなかったけれど、野良だったこの子がユリに寄り付いてきたのが月の綺麗な夜だったので、ルナ。なんのひねりもセンスもないただのアイドルヲタクが飼い主で申し訳ないくらい、ふわふわのもふもふで可愛い。ゆうべだって、1人で泣いていたわけではない。そばには、心配そうなルナがいてくれた。 ユリの推し Blue Mond(ブルーモンド)との出会いは、ある日突然だった。7年前短大を出てすぐ社会人になった頃、たまたま見かけた関連動画で視線だけではなく、心も奪われた。それは一瞬の出来事だった。 それまでバンド系が好きで、アイドルにあまり興味のなかったユリは、自分でも驚き戸惑った。そこから、次から次へと彼らに関する動画を見漁った。どの動画も新しい1面が見えて、飽きることなどない。そして、初めてアイドルのCDを買った。気付けばちゃっかりCDリリース特典のイベントに応募し、初めての落選も経験した。ツアーが始まると知って、チケットを取るためにファンクラブにも入った。新曲がリリースされる日は夕飯やお風呂を高速で済ませ、0時待機するようになった。いざライブに行くまでにはセトリと掛け声を完璧に覚え、あっという間に1人のアイドルヲタクが完成した。 そうしてアイドルというものは、時にヲタクの人生を左右していくようにまでなる。推しが頑張っているんだから、私も頑張ろう!などと、ポジティブな影響を日々与え続けてくれるのだ。 「やっぱアイドルってすごいや……」 ユリは手首に付けっぱなしにしていた髪ゴムで寝起きのロングヘアを束ねながら、雑なひとりごとを言う。たった数年で、こんなに彼らの一挙一動で笑ったり泣いたりする日々を送ることになるとは、思わなかった。 遅めの朝食用のコーンスープをスプーンでかき混ぜながら、CDやポスターなど通称:ヲタクグッズにまみれた部屋を見渡してみる。今はまだ、幸せに囲まれていると思っているこの部屋を、彼らの活動が終わったらどう思うのだろうか……?なんて、また少しネガティブな考え事をしそうになったので、半日ぶりにテレビを付けてみた。 幸い、朝一に今週の出来事をまとめて振り返るようなコーナーはもう終わっていた。きっと、朝一のテレビは Blue Mond(ブルーモンド)解散のニュースで持ちきりだったはずだ。 「さて、CMのあとはフレッシュなゲストの登場でーす!」 という番組MCの振りとともに、CM前のたった2秒ほど見慣れないグループが視聴者に向かって、精一杯の笑顔を振りまいていた。 そのたった2秒に目にしたものに驚き、ユリは飲み始めようとスプーンにすくった熱いコーンスープを吹き飛ばしてしまった。 「あ、あっつ!!って、えぇーー??!」
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