8人が本棚に入れています
本棚に追加
「ひぇー!なにそれ??!Blue Mondの件でじめじめ泣いて過ごしてるかと思ってランチ誘ったのに?!」
ユリの目の前で、ヲタク友達で最も仲の良いマルちゃんが目をまん丸にして驚いている。彼女の声はよく通るので、店中の人が一瞬こちらを見たような気さえした。ユリは、なるべく小声で続けた。
「うん、まぁ、その……ね?Blue Mondの事を考えると悲しすぎて人としてダメになりそうだから、ポジティブに一夜限りのヤケ食いをしようと……」
話の続きを、声の大きなマルちゃんに奪われる。
「しようとして?近所のスーパーに行ったら?ユリがSunnyだと気付く謎のイケメン2人と遭遇して?翌朝そっくりの人たちがアイドルとしてテレビに出てたって?」
マルちゃんは、声に出してみても信じられないという顔でユリに事実確認をする。ユリは慌てて、マルちゃんを静かにさせようとする。
「シーっ!声が大きいって!」
「ごめんごめんビックリして、でもそういうことなんでしょう?」
ユリは、身に起きた現実にいまもなお困惑中とおでこに書いてあるような顔で、ひたすらコクコクと頷く。ドリンクが運ばれてきたので、ユリの烏龍茶とマルちゃんの生ジョッキで静かに乾杯する。ランチから豪快に生ビールを喉に通したマルちゃんが、さっきよりは少し控えめの声で話す。
「プパーッ!いややっぱおかしいわ、少女漫画の世界でしょそれ?うち話聞いてるだけで鼻血出そうだわぁ~」
「意味わかんない事が起きてるから、私だってポジティブ教祖マルちゃんに頼ってるんじゃん~」
熱々のチゲ鍋が運ばれてくると、ごく自然に2人ともカバンの中から推しのトレカとアクスタを取り出す。通称フォトカードマナーの時間だ。撮影を済ませ、まだ熱いチゲ鍋を2人でフーフーしながら、出会った頃を思い出した。
「ユリさ、Sunnyになってうちと出会った頃、コレ食べれなかったよね?」
「そうだね、薫さまが食べに来たって情報だけで勢いでマルちゃん誘ってさ、コレ食べに来たよね」
そして、2人の声が揃う。
『辛いもの食べれないのに!あははっ!』
「あれから7年通って大好物になったどころか常連だよね、うちら」
「この味見つけ出した薫さまさすがだわぁ!しかも家からわりと近くて最高♡」
推しのチカラというのは、絶大な原動力となるものなのだ。そして、そこにいるわけではないのに『ここに来店した』という過去の事実だけで未来永劫、こんなにも彼女たちを幸せにする。それは、ユリが初めて経験する推しの解散という大きな事実においても、過ぎ去ればそうなっていってくれるのだろうか。
食べながら、なにやらスマホで調べものをしていたマルちゃんがニヤッとした顔で話し始める。
「ねぇユリ、あったよコレ!もやもや気になるくらいなら確かめに行こう、直撃だ!」
ユリの顔の前に差し出されたスマホ画面には
【STELLAデビュー記念イベント】
というお知らせが表示されている。
「え、本物を見て同一人物かどうかを確かめろってこと?!」
動揺するユリに対して、ポジティブ教祖マルちゃんはむしろ探偵か探検にでも行くようなわくわく顔だ。なんだか、外野から面白がっているようにも見える。
「そゆこと!気になるなら、確かめる!生で見たら疑問もスッキリするでしょ?ついでに、うちが推すか推さないかもフィーリングで決められる♡」
「え、マルちゃん一緒に行ってくれるなら行くっ!!」
根っからのポジティブ教祖は、やはり思考回路が違う。こうやって今までも、ユリはあれこれとBlue Mondの初体験の現場に引っ張っていってもらったようだ。
「善は急げ!また悩む前にすぐ応募しよう、ユリ!ちょうど今日までが握手会の応募期日だよ、運命じゃん」
「わぁ、運命?!って、まってしかも接触イベントじゃん!?」
さらに動揺するユリの気持ちは、半ば置き去り。マルちゃんはさっさと2人が食べ終わった食器をひとまとめにして、会計ボタンを押す。
「はいはい、つべこべ言わず今から一緒にCDショップ行ってデビューシングル買ってその場で応募するよ!ランチは私が奢る!」
「は、はい……ごちそうさまです」
面倒見のいいマルちゃんは、とても満足気だ。2人はこんな調子で、なんだかんだバランスの取れている仲良しなのだ。
店の外に出て、歩きながらユリに確認をする。
「で?ランチ代浮いた分何枚買うの?」
「うーん、とりあえず初めて買うし5枚?」
真顔で答えるユリを、マルちゃんがニヤニヤと煽る。
「うーん、もうひと声?」
「じゃあ~キリよく10枚っ!どや!」
心配してユリをランチに誘ったマルちゃんだが、だんだんと楽しそうになってきた様子を見て安心した。
「あはは、ユリも立派なヲタクに育ったねぇ~」
「マルちゃんに育てられたんですよ〜?それに、推し活のためにしっかり働くOLなんで大丈夫です」
謎のどや顔で、マルちゃんを笑わせる。どうやら、そんなに無理をしているわけでもなさそうだ。
「でも本当にさ、 Blue Mondのおかげで、マルちゃんにも出会えてよかったよ」
「急になんだよぉ、どうせ今から一緒にSTELLAもハマる運命だろー?」
突然しんみりするあたりは、推しの解散という事実を日々一生懸命受け入れている最中の2人だから、しょうがない。
「あはは、それはまだわかんないけど……、これからもよろしくお願いします!」
最初のコメントを投稿しよう!