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コインランドリーでデートしてるのは雪乃ちゃんと星くん。
ふたりの会話から、ふたりの名前が分かった。
私はベンチに座って雨を見ていた。
首をひねってベンチの背後の窓に顔を向けたまま、ふたりの会話を聞いていた。
「本気でコインしか使えないんだね」
星くんが頭をかく。
「外の自販機で両替する?」
雪乃ちゃんが自動ドアの外を指差す。
外は雨降り。いかにも春雨という感じの、音のしない雨。
「両替、しましょうか?」
声をかけたのは私。
私はこのコインランドリーの常連であり、達人なのだ。
ちなみに五十メートル先の銭湯も現金しか使えない。
私はクッキー缶の蓋を開けた。
今はクッキーじゃなくて百円玉がたっぷり入っている。たまに五百円玉も、入ってる。
「わあ」
雪乃ちゃんが歓声を上げる。
私のことを警戒する目で見ていたふたりは、すぐに笑顔になった。
全粒粉のクッキーってところかな。素朴で誠実そうなふたり。
私は星くんに百円玉を十枚手渡し、千円札を受け取る。千円はお財布にしまった。
この善良そうなカップルから手数料はもらわない。
「よく来るから」
雪乃ちゃんの疑問の眼差しに答える。
「コインランドリーによく来るから、小銭を常備しているだけなの」
缶の蓋を閉めて大きなショルダーバッグの中にしまう。バッグは足元に転がす。
私は思い出してた。清少納言だったと思う。
中学生の時に国語の授業で習った。
見た目のよくない男女がいちゃついている姿が、見苦しいとか気に入らないとか、清少納言は書き残してた。
私はふたりを眺める。
ふたりの見た目は、別に悪くない。
見た目は、普通。
雪乃ちゃんが洗濯物を洗濯機に入れ、星くんがコインを投入口に落としている。
そんな様子を眺める。
中学生の時は、清少納言は性格が悪いなって思った。今は、彼女はさみしかったのかな、とも思う。
小花柄の寒色系のワンピースは雪乃ちゃんによく似合ってる。体型カバーも上手。
星くんは紺色のズボンにサックスブルーのシャツを羽織ってる。
着ているものの色がリンクして、デート感が漂ってる。ふたりとも清潔でお似合いのカップル。
可愛いらしい。
私の関係している男の子たちのほうが、星くんより見た目はいい。
星くんより背が高くて、脚が長くて、大きな手をしてる。服を着ていても着ていなくても、チーターかジャガーみたいに剣呑な男の子たち。
でもたぶん、彼らは清潔じゃない。
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