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エピローグ②
「美遥さんの妊娠も出産も知らなかった聖麗さんが、未央さんの存在を知って驚いたでしょうね。当然父親のことも突き止めようとするでしょう。妹を妊娠させた男が自分の夫だと知ったら、更にショックを受けたでしょうね」
宇佐美の言葉に静江は微かに笑った。
「聖麗さんに高辻さんのことを教えて差し上げようとしたけれど、あの人、約束の日に来なかったの。富雄の家で火事にあってから、前後の記憶がないらしいのよ。いずれにせよ聖麗さんにとっては、離婚を有利に出来る材料が手に入るだけよ」
「聖麗さんの口から未央さんの事が伝われば、藤子さんは確実に富雄さんから家を出されますね」
「当然でしょ、あんな人! 自分の娘と息子を結婚させようとするなんて、浅ましいにも程があります」
「それも鷲宮天空からの入れ知恵だそうですよ」
静江の顔が強ばるのを宇佐美は見逃さなかった。
「鷲宮家に問い合わせても、天空などという人物は存在しません。僕は天空の正体は美也子さんだと考えています」
「バカバカしい!」
「藤子さんが、あなたから覆面姿の天空を紹介されたのと、美也子さんの行方がわからなくなった時期が一致するんです。警察に追われている娘を匿うために、あなたは美也子さんを鷲宮家の霊媒師と偽って、藤子さんに紹介したのではないですか?」
静江がキッと顔を上げた。
「何か証拠でもあるの?」
「藤子さんは、天からの啓示のようなものに敏感な方みたいですね。名前に縁を感じて桐子さんに自分の孫を預けたのも、導きを感じたからだと言っていましたし、めったに山から降りない鷲宮家の霊媒師をあなたから紹介されて、喜んだでしょうね」
「宇佐美さん、もうお帰りになって」
「あなたは、世間が落ち着くまでの間のつもりだったのでしょうが、美也子さんは、天空として崇められる立場を楽しんで、藤子さんを操り、信者を増やしていった——聖麗さんが雇った筒井さんは、美也子さんが鷲宮天空と名乗って、富雄さんの家にいることを突き止めてしまい、結果殺害されたのですね」
「娘は、人を殺したりしません!」
「天空を信じ込んだ藤子さんは、自分が抱えている悩みを全て話してしまった。孫の未央さんの産まれの事も、身体に関することも——あなたもご存知の通り、未央さんは性分化疾患を持って産まれました。出産時、『美遥の家は女の子しか産まれない』と藤子さんが言った一言で、戸籍上女性として届けられました。成長するにつれ未央さんの性自認が男性だとわかり、藤子さんはその時の事を悔いていたようです。懺悔のように天空に話してしまった——ところがそれを聞いた美也子さんは、王来寺の正当な跡継ぎの女性がいることを知ってしまい、未央さん殺害を企てたんですね——ただ誤って、美遥さんが殺されてしまいましたが……」
「——だとしたら、美遥さんは最後にやっと母親らしいことが、子供にしてあげられたのね」
静江はよろよろと立ち上がった。
「美也子さんの居所を教えて下さい」
私にもわかりませんと小さく言って、静江は奥の部屋に入っていった。
部屋はうす暗かった。
エアコンもつけていないのにひんやりと異様に冷たい。
開いた窓から吹く風がカーテンを揺らしていた。
手探りで明かりをつけようとした静江は、ギョッとなった。
いつの間にいたのか、窓辺に人影があった。
「こんにちは」
影が頭を下げる。
静江は急いで明かりをつけた。
「オレ、鷲宮秀一です」
精巧に作られた人形のような少年だった。
その青灰色の目に、静江は釘付けになった。
「——あなたが『賢者』なの?」
「違います。それ賢人です。でもあいつは賢者じゃありません。名前言ったら、富雄さんが聞き間違えたらしくって、あいつはそのまま賢者様って呼ばせてるんです。オレ、王来寺の顧問になりました」
「まあ、よかった」静江は安堵の顔で一歩、秀一に近づいた。「今後ともよろしくね。手始めに、私の娘を助けてちょうだい。警察に追われてるの」
「オレ、あなたには仕えません。大叔母があなたに怒ってます。あなたが忠告を無視して、弟から家督を奪ったって。オレたちの家の名前を勝手に使って、好き勝手やってることにも腹立てていますよ」
「大叔母って……あの人、もう何年も前に亡くなって……」
「オレ、報復頼まれたけど、何やっていいのかわからないから、あなたが書いた呪いの言葉をそのまま使います。あっちゃんと婚約者は結ばれます。だからこの家には災いが起きます」
「何を言ってるの! 篤人の婚約者のこと、あなた知らないんでしょ! 結ばれるわけないでしょ!」
「大丈夫です。オレ呪うの得意ですから。災いって漠然としてるので、とりあえず聖麗さんが産む赤ちゃんを最後にこの家には、子供が産まれないようにします。あと、あなたは家と財産を失います。美也子さんが犯した詐欺事件の被害者に償って下さい」
「あなた、なんなの! この家のために尽くすんじゃないの⁉」
「王来寺の顧問ですが、主は自分で決めます。オレは未央に仕えます。未央からの最初の依頼が、藤子さんの罪を軽くして欲しいってことなんで、鷲宮天空の名を騙った美也子さんを自首させて下さい。そうすればあなたの今後がそれほど惨めなものにならないようにします」
「あの子は、私の言う事なんてきかないわ。一緒に行って、あなたが説得してくれない?」
秀一は、考え込むような顔をした。
「お願い」と静江は期待を込めて秀一にすり寄る。
「時間があったら、そうしたいんですが、まだ宿題が残ってるんです。終わったと思ってたのに、白紙になってて……ごめんなさい、一人で行って下さい」
秀一はぺこりと頭を下げると、窓から出て行った。
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