プロローグ②

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プロローグ②

 王来寺(おうらいじ)家で脅迫状が発見された後、警察庁捜査二課の宇佐美俊介(うさみしゅんすけ)は上層部より特命を受けた。  すぐ直属の上司に報告に行く。悪い知らせは早ければ早いほどいい。  宇佐美の上司はこのところ機嫌が良かった。  今も寛いだ様子で、雑誌を眺めている。  宇佐美の先輩、石黒も九我の横に立ち、同じ雑誌を覗き込んでいた。  九我(くが)の机に近づいた宇佐美は、九我が何を見ているのかがわかると、軽く驚いた。 「九我さん、料理なさるんですか?」  意外にも二人が見ていたのは、主婦向けの料理雑誌だった。 「一人暮らしを始めたんだ」と九我。 「僕、料理は嫌じゃないんですが洗い物が苦手です。手が汚れるのがイヤなので生ゴミも掃除したくないです」  宇佐美が言うと、「俺は両方好きだ」と九我は雑誌に折り目をつけた。今夜のおかずが決まったのだろうか。 「またまたあ、好感度上げちゃって」と石黒が茶化した。「嫁にしたい警察官ランキングに入っちゃいますよ」  そうかと九我が笑ったところで、いまだと宇佐美は口を開いた。 「僕、王来寺篤人(おうらいじあつと)君の身辺警護を命じられました」 「管轄違うだろ」と、九我がイヤな顔をする。「なんで俺を通さないで、直接おまえに話がいくんだ」 「ごもっともです」  そうやって貴方が渋るからですよと、宇佐美はこっそり思った。 「向こうからご指名がかかったんだろ。あの優しそうな刑事さんがいいわあって」と石黒がニヤリとした。「例の詐欺事件で王来寺家の聞き取りは、宇佐美が担当したもんな」  王来寺美也子(おうらいじみやこ)の内縁の夫が引き起こした詐欺事件は、去年九我たちが解決した。内容は単純なポンジスキームだったが、富裕層が狙われ、被害総額は一千億円を超えた。  美也子自身は名前を使われただけだと言い張り、上からの圧力もあって不起訴処分となったが、旧家の名に泥を塗ったことに変わりはない。 「脅迫状も、詐欺被害にあった者の仕業かもしれません」  と宇佐美が言うと、石黒も腕組みをして考え込む。 「行方の分からない金が、まだ二十億ありますし、あの家を探れば何か出てくるかもしれませんね」  九我は時計を見た。「帰る」と雑誌を閉じる。  七月には泊まり込みで仕事をしていた九我は、八月には定時帰りに戻っていた。 「何かわかったら、真っ先に報告します」と宇佐美は帰り支度をする上司に頭を下げた。  霞ヶ関を出た九我正語(くがしょうご)は、途中買い物を済ませて、越したばかりのマンションに着いた。  玄関を開けると、パジャマ姿の秀一が立っている。  秀一は「おかえり」と手を伸ばして、正語から買い物袋を受け取った。  玄関にテニスバックが転がっている。 「部活の帰りか?」と秀一の髪に触れた。シャワーを浴びたばかりなのか、まだ湿っている。 「オレ、電車嫌い」 「混んでたろ」  髪に触れたついでに頭を抱くと、秀一は素直に身を預けてきた。  もう耐えられない。  秀一の手から買い物袋を奪うとその場に放置し、華奢な身体を抱えてベッドに向かった。  すぐに冷蔵庫に入れなければならない物もあったが、構ってはいられない。  人に触れられるのは、どうしてこんなに気持ちがいいんだろうと、秀一はうっとりと、目を閉じた。  壊れ物を扱うみたいに、優しく、丁寧に体の隅々に指や唇が触れてくる。  キスも大好きだ。 「口、開けて」  正語に言われた通りにした。  舌が口の中を這ってくる。  歯茎の裏側は変な感じだし、その奥はゾワゾワするが、こうして体をくっつけているのは最高の気分だ。 「嫌か?」  正語が動きを止めた。  嫌じゃないよと、秀一は目を開ける。  見下ろしてくる正語の目と、まっすぐぶつかった。 「……おまえ、ここイジったりしないの?」  変なことを言うなと秀一は首を傾げた。  オシッコするところをなんでイジるんだろ? 「……食事にするか」 「正語、抱っこして」  言ったらすぐに、すっぽりと身体を包まれた。重みが嬉しくてたまらない。  いつまでもこうしていたい。  夕飯なんてどうでもいい。  ——オレは今、幸せを食べているんだ。 『滅びの魔女』として恐れられた前世の記憶が戻り、秀一はなぜ自分が人の姿に転生するのかがわかった。  全てはこの魂を独占するためだ。  ——正語、もう裏切らないでよ。  今世でも不実を犯されたら、もう終わりだ。  正語を無間地獄よりもっと酷いところに、未来永劫閉じ込めてしまう。  オレにはその力があるんだよ。    
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