体育倉庫の死体②

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体育倉庫の死体②

 多聞(たもん)がバカバカ言い過ぎたせいか、下駄箱で靴を履き替える時のハルはムッとした顔をしていた。嫌な話題を持ち出してくる。 「返事したか?」 「なんの?」 「カレシ、出来たか?」 「(この野郎!)誰にも言ってないよな?」  多聞がすごむと、ハルは顔を背けた。 「誰に言ったんだ!」 「……大丈夫だ……あっちゃんは、口が固い」 「他は?」 「……言ってない」 「誰にも言うな。今後、この話はナシだ」  分かったと、ハルは横を向いたままうなずくが、多聞は信用しなかった。  秀一を始め、テニス部の連中には知れ渡るだろうと予想する。  口の軽いハルに見られた自分に運がなかったと、諦めるしかなかった。  校舎を出た二人は運動場に向かった。  サッカー部が練習している脇を抜けて小高い芝生の丘を上がる。  丘の上に置かれたベンチに篤人がいた。隣のベンチには秀一と怜司(れいじ)が並んで座っている。三人は運動場を見ながら、絵を描いていた。   「みんな、終わったかあーっ!」  ハルの大声で三人が一斉にこちらに顔を向けた。  篤人の横で、背を向けて座っていた生徒も振り返る。  鮎川真昼(あゆかわまひる)だった。   「鮎川が学校いるの珍しいな」とハルが小さく言う。 「留学してたんだっけ?」 「ただの不登校だろ」  珍しい話ではない。  多聞が前にいた公立中学では、どのクラスにも数人は長期欠席の生徒がいた。 「みんなでお絵描きか」と多聞は篤人のスケッチブックを覗き込んだ。かなり達者な絵だ。 「美術の課題だよ」と怜司が答える。「今日中に提出しないと単位落とすんだ」 「オレは出したのに、やり直しだって言われた」と秀一。 「落書きみたいだもんな」ハルが秀一の絵を取り上げた。「なんで美術選択したんだ。音楽とろうって言ったろ」 「ソプラノパートは、もうイヤだ」 「終わったから、代わりに描くよ」怜司は、ハルから秀一のスケッチブックを受け取った。 「やったー」と秀一はベンチから下りて、芝生に寝転ぶ。 「俺も描く」とハルが怜司の隣に座る。「バレない程度に下手くそに描かないとな」  篤人も描き終えたのか、鉛筆を終い始めた。 「見せて」と多聞が手を出すと、篤人は無言でスケッチブックを手渡す。  精緻に描き上げられた風景画に「上手いな」と多聞は、素直に感心した。  多聞の言葉に、篤人は無言でうなずくが、『どうも』なのか『そうだろ』なのか、判断がつかない。 (マジで、喋んないヤツだな)  篤人は入学式の時、生徒代表として壇上に立った。  いかにも賢そうな大人びた風貌の篤人は、余裕の笑みを浮かべながら、落ち着いた声でスピーチをした。  今も多聞のクラスの学級委員長だ。HRのたびに篤人は黒板の前に立って話している。英語の時間もよく指名されて、完璧な発音で教科書を読んでいる。  だがこうして仲間内でいる時、篤人が何か発言するのを、多聞は聞いたことがなかった。 「オレにも見せて」と秀一が覗いてきた。「すごいな。美術館に飾ってそうだ」  多聞は秀一に篤人のスケッチブックを渡して、一人で背を向けている鮎川の横に行った。二人につめてもらってベンチに座る。  篤人は運動場やその先の校舎を描いていたが、鮎川は倉庫を描いていた。  運動場と反対側の芝を下りると体育館の裏側になっている。  体育館の横には体育倉庫があり、焼却炉、駐車場と続く。  鮎川は細い線で真下に見える体育倉庫を描いていた。 「(地味な絵描いてんな)髪切ったんだ」  最後に会った時の鮎川は肩に髪が届く位の長髪だったが、今は丸坊主だった。 「野球部に入った」 「(こいつ、冗談言うんだな)頑張って」 「さっき、あっちゃんの婚約者にそっくりなヤツに会ったぞ」とハル。「ここに入学したんじゃないか?」  篤人は何も言わない。代わりに怜司が答えた。 「女子部にってことか?」 「そうじゃなくて、ホラよくあるじゃん、女の子が男子校にやってくる的なやつ——」 「ないよ」と多聞はハルの言葉を遮る。 「死神だ」  突然の秀一の声に、多聞は振り返った。  芝生に座って、篤人のスケッチブックを見ていた秀一と目が合う。   「死神が近くにいる。誰か死んだんだ」 「秀一は、面白いな」とハルは笑うが、多聞はポカンと秀一を見つめた。 「何か聞こえない?」と今度は鮎川が言い出す。 「死神の足音か」とハル。 「下だ」鮎川は立ち上がった。「来て」と多聞の手を引いて芝を下りようとする。 「マジ?」 「まじ」  しょうがねえなと、多聞は鮎川と共に芝を下りた。  鮎川は、まっすぐに体育倉庫に向かい、迷わずドアを開けて中に入った。  鮎川に続き、薄暗い倉庫に入った多聞は一瞬立ちすくんだが、すぐに外に出て仲間を呼んだ。 「あっちゃん、来て! 人が倒れてる!」  篤人、怜司、ハルが芝を駆け降りてくる。  倉庫の中では鮎川がしゃがみ込み、うつ伏せになっている男の顔を見ていた。 「もう死んでるみたいだ」と、鮎川は静かに言った。
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