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たとえ人ではなくても④
医者の判断で人工呼吸器が外されたのなら、どうしようもない。
宇佐美は悄然と、椅子に座り込んだ。
上司の前で素をさらすまいと、取り繕う気持ちも起きなかった。
「見てくか?」
正語は、宇佐美を見ながら、親指で背後を示した。
部屋の奥の暗がりに、カーテンに閉ざされたベッドがある。
「お会いします」
「俺は、あれが人とは思えない」
醜い姿になった途端、そうおっしゃいますか——。
ずいぶんとご執心だったでしょうと、宇佐美は悲しく思った。
正語は立ち上がると、部屋の奥に向かった。
ベッドを囲っているカーテンを開ける。
「見てみろ。おまえは、これが人間だと言えるのか?」
宇佐美は立ち上がった。
努めて、普段通りの柔和な笑みを見せた。
正語がベッドサイドの明かりを点ける。
「どうだ。どう思う?」
顔半分だけ灯りに照らされた秀一は、宗教画のようだと宇佐美の胸を打った。
神々しいほどの完璧な美——。
「……何があったんです?」
「検査で部屋を離れて、戻ったらこうなっていた」九我は秀一を覆っている上掛けを剥いだ。「失われた指も生えている。切断された足も、保管場所から消えて、ここについている」
秀一は、完全に元の姿に戻っていた。
「自発呼吸もして、血圧も脈拍も正常だ。ただ目が覚めない……なあ、こいつは、人か?」
秀一の腕に赤いアザを見つけて、うっかりこれは何ですと尋ねそうになったが、止めた。
「……話しかけるとかは、どうですか?」
「おまえが来るまで、散々やっていた」
それは失礼いたしました。
「明かりをつけてあげましょう。こんなに真っ暗にしていたら可哀想ですよ」
宇佐美はベッドの周りのカーテンを全て開けた。
「おまえは、なんとも思わないのか?」
「別にいいじゃないですか」と宇佐美は部屋のスイッチを探して明かりをつけた。「秀一君が魔物だったとしても——」
お好きなんでしょと、正語を見て笑った。
スマホのバイブ音がした。
正語が電話に出ている間に、宇佐美は秀一の手をそっと握った。
——気が済むまでお休みになって下さい。
「聖麗が面会に来てる」
電話を切った正語は、不機嫌そうな顔をした。
「父親から言われて来たようだ」
「王来寺富雄さんですか」
「父親は、鷲宮家総代から直々に命じられたそうだが……あの家は、誰が総代なんだ?」
「本家のあの方でしょうか?」
「聖麗の父親は耳が遠いから聞き間違いかもしれないが、総代は自分を『賢者』と名乗ったそうだ」
「素敵ですね」宇佐美は可笑しそうに笑った。「魔物だの賢者だの。異世界に転生したみたいですね」
キャッチコピーはさしずめ、
『転生したら激務に追われる警察官でした⁈ 少年愛に溺れる上司に手を焼いています!』
といったところか。
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