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最後に嗤う女②
聖麗たち三人には、警備員を付けて別室に待たせておくことにした。
正語は、未央と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
「リュック、持とうか?」
未央は身体に似合わない登山用の大きなリュックを背負っていた。
「大丈夫です! 寮のみんなからの差し入れです。秀ちゃんと一緒に食べます」
「……秀一はまだ、意識が戻っていない」
「僕が起こします」
未央はまっすぐに正語を見上げた。
小学生の時の美遙にそっくりの顔だった。
柄にもなく、胸が痛む。
「仲がいいんだな」
「転校して来て、初めて出来た友達です」
「秀一は学校で、どんなだ?」
「人気者です! 人のこと悪く言わないし、みんなに優しいです。中等科からは『姫姉様』と慕われてます!」
エレベーターを降りた二人は病室までの廊下を歩いた。
「正語さんも入院しているんですよね? 毒を飲まされたと聞きましたよ?」
「よくわからないけどな」
「警察官って、やっぱり危険なお仕事なんですね」
「俺はほとんどデスクワークだ」
「秀ちゃんは、すごくあなたに会いたがっていました。もう自分は死ぬんじゃないかって、弱気になっていましたが、最期にあなたに会いたいって言ってました」
「……秀一は、どうしてあの家にいたんだ」
「秀ちゃんの目の腫れは、とれましたか? 顔に何かスプレーをかけられたらしくて、目が開けられなかったんです。薬をかがされて眠らされたって言ってました。僕が見た時の秀ちゃんは、手首は手錠でベッドの柵に繋がれて、胴体や足は縄で縛られてました。口はガムテープでグルグルに巻かれてて、上からシーツが被されてました」
「ひでえな……」
「秀ちゃんは声に聞き覚えがあるから、犯人の顔を見たら分かるって言ってます」
「目が覚めればいいけどな……」
病室に入った未央は目を丸くした。
「東京の病院って、ホテルみたいですね!」
そして、出迎えた宇佐美を見て、決まりが悪そうに頭を下げた。
「先ほどは、どうも」と宇佐美はゆったりと笑った。「秀一君は、あちらですよ」
宇佐美に案内されて、未央は秀一のベッドの脇に立った。
「よかった! 秀ちゃんも怪我しなかったんですね」未央は秀一を揺り動かした。「秀ちゃん! 起きて!」
「未央君、意識が戻るまでは、まだ時間がかかると思う」と正語。
「大丈夫です! また一緒に学校に行くって、秀ちゃんと約束したんです。秀ちゃん! 起きてよ! 一緒に犯人捕まえようよ!」
秀ちゃん、秀ちゃんと、未央は何度も秀一を揺すった。
「宇佐美、目から水が出てるぞ」
「——すみません……こういうの、弱くって……」
未央はリュックの中から、のど飴を取り出した。
「秀ちゃん、今度は美味しい飴、あげるよ」と、秀一の口の中に飴をいくつも入れた。
秀一が目を開けた。
「ハッカじゃんか!」
「のどにはいいんだよ。起きて、犯人捕まえようよ」
「オレは、いいよ」
正語と宇佐美が唖然と見つめる前で、秀一は布団を被って背を向けた。
「もう少し、寝る」
「もういっぱい寝たでしょ!」
秀一は更に布団を被った。「正語、ティッシュ」と手だけを出す。
「飴、吐き出すつもりだね! もったいないことしちゃダメ! 早く、出て!」と未央は布団を引っ張った。
「秀ちゃんを酷い目に合わせた犯人を教えてよ」
「名前、思い出せない」
「真壁さんじゃないの?」
「あっ、そんな感じ」
「秀ちゃんを殴って、美遙さんの死体を持ち去ったのは、慈音さんなんだよね?」
「そうそう。変な名前だから覚えてる」
未央は振り返って、正語と宇佐美を見た。
「あの二人を捕まえて下さい! 竹中先生が殺された教室から出て来た時、真壁さんの服には血がついていました」
正語達がポカンとしていると、未央はリュックをまた漁った。
「秀ちゃん、チョコあるよ」
「ナッツはイヤだ!」
「普通の板チョコ」
ボリボリと口の中の飴をかみながら、秀一は布団から出て起き上がった。
「食べる」
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