最後に嗤う女⑦

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最後に嗤う女⑦

 自修院の生徒がよく利用する駅前のファミレスで、鮎川は秀一からのメッセージに返信をしてスマホを閉じた。 「秀一が、来れないって」と正面に座る多聞に言った。「起きたら、終わったはずの宿題が白紙になってたんだって」 「俺も小学校の時、夏休みの宿題全部やり終えた夢みたことある」と多聞はメニューを見ながら言った。「まだ一学期始まったばっかの時だけど、めっちゃ幸せだった」 「秀一、熊田先生から中学のドリル渡されたんだよ。英数国三教科」 「偉いな。俺だったら無視する」 「僕も」  メニューを閉じた多聞はタッチパネルを操作した。 「俺、二学期から寮に入るんだ」 「遊びに行く」 「未央の部屋広いから、あそこ溜まり場にしようぜ」 「彼、嫌がりそう」 「そうか?」 「千歳さん、入院先決まってよかったね」 「怖くって、深刻に考えなかったけど、早く専門家に相談すればよかった……」 「アルコール依存って、量の問題じゃないらしいよ。本人が罪悪感持ってるのに飲み続けるのが依存症なんだって」 「聖麗さんに、すげえ世話になってる。千歳さんのことだけじゃなく、俺のことまで気にしてくれて、寮に入れるように手配してくれた」 「あの人からしてみれば、王来寺美也子の娘が実は、男だとわかって、万々歳なんじゃないの? これで晴れて彼女が次期跡取りだよ。美遙さんも亡くなって、あの家に女の人はいなくなったもんね」  カツカレーとチキンサラダが運ばれてきた。 「聖麗さんが跡継ぎでいいじゃん。俺、あの人好きになった。あっちゃん達が家から追い出されるわけじゃないんだろ?」と多聞がカツカレーを頬張る。 「どうだか分からないよ」と鮎川はサラダをフォークで突っついたまま、口に入れずに考え込んだ。 「俺には、そんな悪い人に思えない……真壁さんも、真面目そうで、人殺すようには見えなかった……」 「君のお母さんが殺人犯じゃなくて、良かったじゃない」 「俺さ」と多聞はスプーンを置いて、鮎川を見た。「誰にも言わなかったけど、あの日校舎から女の人を見たんだ……後ろ姿だけだったけど、母さんかと思って、びっくりした……アユが見たのと、同じ女の人かもな……」 「僕も、秘密にしていたことがある」  鮎川はサラダに目を落としたまま言った。 「前にも言ったけど、僕は君と君のお母さんが事件に関係しているんじゃないかって、思った——竹中先生の盗撮した映像をハルと怜ちゃんと観た時、日時で体育倉庫で死体が見つかった時に竹中先生は、あの近くにいたんじゃないかって、思ったんだ……僕は竹中先生にその事をきいてみた……」 「何を、きいたんだ?」 「……倉庫を出入りする人間を見なかったかって……正直に教えてくれたら、盗撮した証拠を廃棄するって、竹中先生に持ちかけたんだ」 「それ、ハルが知ったら、めっちゃ怒るぞ……」 「竹中先生は、僕が見た黒い服に黒い日傘の女を見ていた。それから駐車場で真壁さんにも会ってる。高辻家は学校に多額の寄付をしているし、高辻倫太郎はOB会長だから、先生は、あの家の運転手の真壁さんの顔を知っていたんだよ」 「……ハルと怜ちゃんが撮った証拠映像、マジで握りつぶそうとしたのか?」 「竹中先生が殺されて、部屋から盗撮写真が多数出て来たんだから、結果は変わらないよ」 「……でも、取引の材料にしちゃ、ダメだろ……」 「僕はどうしても知りたかったんだよ」  鮎川はうつむいたまま、そっと思った。 ——守りたい人がいるんだよ。
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