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僕たちの未来
「——人は見た目が九割っていうじゃない。第一印象さえよくすれば、人を操れるとかさ」
鮎川がそう言った時、多聞はオムライスを食べながら顔をしかめた。
「俺はそういう考え、嫌いだ」
「僕も嫌いだった。でもあれは脳科学の話みたいだよ」
「科学で立証されたのか?」
「脳は自分の間違いを認めたがらないんだって。DVの被害者がなかなかパートナーを見限れない原因にもなってるみたい。最初に持った相手に対する良いイメージが脳を支配していて、現実が見えなくなるんだろうね」
そんなもんかなと、多聞は納得がいかなかった。
「ハルが秀一に会ったのは八歳の時なんだけど、すごい可愛い女の子がスクールにいるって、僕に言ってきたんだ。目の色が変わっているから外国人かもしれないって、はしゃいでた。毎日のようにその子のことばかり話してたのに、突然何も言わなくなったんだ。別に興味もないから、こっちからは聞かなかったけどね。
中等科になって、秀一が入学してきて理由がわかったよ。『君のスクールにいた可愛い女の子は、彼なの?』ってきいたら凄まれた。『バラしたら殺す』ってね」
「今、バラしてるだろ」
「もう時効だよ。ハルは子供の時からプライベートレッスンを受けていたから、同じスクールにいても秀一と話す機会がなかったんだよ。名前も性別もわからなくって、ただ遠くから声もかけられずに想ってたんだ」
「かわいいな」
「僕はたまにこの事でハルをからかってきたけど——最近は同情している……あまり人に共感したりしないんだけど……ハルの辛さがわかる気がする……僕も脳の誤作動に悩んでいるから……」
「脳の誤作動って、なんだ?」
鮎川が何かを言いかけた時、ファミレスの店内で騒ぎが起こった。
「いつまで待たせるんだ! 早く注文を取りに来い!」
老人の怒鳴り声に店内が静まり返った。
慌てて駆けつけた店員が、こちらのタッチパネルでご注文下さいと説明する。
「おまえみたいな外人じゃ、話にならん! ちゃんとした日本人を寄越せ!」
多聞たちがいるテーブルの隣には、四人がけの席に一人で座る中年男がいた。
男がスマホをいじりながら、呟く。
「機械が使えないなら、金だしてマシな店に行けよクソが」
多聞がスマホを開いて、小さく言った。
「あっちゃん達、部活終わったって、ハルとこっちに向かってる」
「場所を変えよう。近くに個人がやってるお好み焼き屋さんがあるんだ」
「いいなお好み焼き!」
鮎川はレシートを掴んで立ち上がった。
「消費税分だけ奢って」と多聞も立ち上がる。
ファミレスを出た二人は並んで歩き、次の店に向かった。
「夕日、すげえきれいだな」
夏の終わりが感じられる心地よい風が吹いている。
日の入りも早くなった。
「前にハルが言ってたけど、しーちゃんは、誰かに告白されたの?」
「ハルが勝手にスマホをのぞいてきて、あっちゃんからのメール見たんだ」
「なら、よかった」
「よくねえよ」
「あっちゃんとは、繋がっていた方がいいよ」
「その話はナシだ。俺は男なんだぞ」
「日本って、外国から見ると王国らしいよ。確かに、大衆にはうまく隠してるけど、明らかに階級は存在するもんね。今後どんなに国が貧しくなっても、上層の人たちは自分たちの生活が維持できるシステムを固持していくだろう。そうじゃない大多数の人間は、安い娯楽を与えられて、働かされるだけなんだろうね——あっちゃんは、上層の人だよ。どんな形であっても近くにいた方がいいよ。君は求められているんだし」
赤信号で二人は止まった。
信号の向こうには篤人、怜司、ハルの三人が手を降っている。
「おまえの言ってる事は分かるけど、俺は誰も頼らない。一人でやっていける」
「君のお母さんが捕まった時のことを考えなよ。世間は上級国民の犯罪を過度に叩くよ。家族のこともネット上に全て晒される。それが何年も続くんだ——大きな力で守ってもらった方がいい」
信号が青になった。
先に歩き出した鮎川が僕にはそんな力はないと、呟いたが多聞には聞こえなかった。
横断歩道を歩いていた鮎川の肩を多聞が抱いた。
同じ背丈の二人の顔が近づく。
「おまえ、暗すぎ。そんなに先のこと考えてどうすんだよ。母さんが捕まって、袋叩きにあったら、俺有名人だし、動画配信して生い立ちを話す。マジで訴えたら、非難する人より理解してくれる人の方が多いと思うぞ。あっ、おまえ動画編集覚えろよ」
「どうして」
「頭いいし、二学期も学校来ないんだろ? 時間あるじゃん。二人で高校生ユーチューバー目指そうぜ! 俺、食レポやりてえ!」
「君の転職かもね」
「だろ。楽しくやろうぜ!」
多聞は鮎川の肩を抱く手に力を加えた。
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