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エピローグ①
宇佐美は王来寺静江と面会するために、車を走らせていた。
助手席では、秀一がスマホをいじっている。
「お付き合い頂き、ありがとうございます」
「賢人から、仕事しろって言われた」
宇佐美はクスリと笑った。
「『賢者様』ですか」
「賢人、調子に乗ってる。勝手にオレを王来寺の顧問にした」
「静江さんに強い味方が出来ましたね」
「オレは、あっちゃんのお祖母ちゃんは助けない。仕える人は選ぶよ」
「富雄さんですか? 王来寺は女系相続ですから、あちらは分家ですよ」
王来寺邸の真新しい門が近づいてきた。
「秀一君は、聖麗さんが跡継ぎになると考えているんですか?」
「怖いから、オレはあの人には、もう仕えない」
「もう、ですか……聖麗さんに仕えた事があるんですか?」
「すごい昔」
「——そうですか」
昔とはいつかと、問いたい気持ちはあったが、宇佐美は遠慮した。
あの状態から復活した秀一は、やはり人知を超えた存在なのだろう。
軽い質問一つでも憚られた。
門をくぐり車が駐車場に停まると、茂みから突然、柴犬が飛び出してきた。
「一茶だ!」
車から降りるとすぐに、秀一はまとわりつく一茶の頭を撫でた。
「一茶、住む所がなくなったら寮においで。その頃には怜ちゃんが、寮長やってるよ」
一茶は嬉しそうに尻尾を振る。
「この家が失くなるんですか?」
「聖麗さんが、マンションとか、ビルを建てるよ」
聖麗から直接聞いたのか、未来が見えるのか……。
宇佐美は、ふと気になった。
「秀一君は、美也子さんの娘さんと会ったことは、ありますか?」
「ないよ」
「……彼女が篤人君と結婚すれば、聖麗さんにこの家を奪われることはないんですよ」
「子供が出来なかったら、家は続かない」
一茶と戯れながら秀一は笑った。
「あっちゃんのお祖母ちゃんは、呪いの言葉を自分の家に貼り付けちゃったんだよ」
どういう意味かと尋ねようとしたが、宇佐美はやはり止めることにした。
一茶と遊んでいたいと言う秀一を置いて、宇佐美は一人で静江のサロンに入った。
室内には、病人のようにやせ細った静江が、ぐったりと椅子に身を預けていた。顔色がひどく悪い。
最後に会ってから十日しか経っていないのに、ずいぶんと変わり果てたものだと宇佐美は驚いた。
「事件は解決したのに、まだ何かあるの?」
「——門に貼られていた脅迫状の件が未解決です」
あんなものと、静江は小さく呟いた。
「随分と気にされていましたが、もう宜しいのですか?」
「その話でしたら、お引き取り下さい。体調がすぐれませんの」
嘘ではないのだろうが、宇佐美は退かなかった。
王来寺美也子の行方を知っているのは、母親の静江しかいないと踏んでいる。
「『美也子の娘との結婚を取りやめろ。さもなくば、王来寺の家に災いが起きるぞ』——僕は最初、あの脅迫状はただの悪ふざけだと思っていました。親が決めた許嫁との結婚を嫌がった篤人君の仕業ではないかと疑ったくらいです」
静江は力なく首を振った。
「篤人は、そんな事しません」
「そうです。篤人君と話が出来るほど親しくなるには時間がかかりましたが、そんないたずらをする子ではないと、すぐにわかりました。
未央くんに女装させて、婚約者の身代わりをさせる事も、篤人君のアイデアではなかったんですね——学校に美遥さんそっくりの未央君が転入してきたと、篤人君から聞かされた貴女は、未央君が美遥さんの子供だとすぐにわかった。そして婚約者のお披露目の席に未央君と聖麗さんを引き合わせることを企んだんですね」
静江は何も言わず、そっと目を閉じた。
「自分の妹にそっくりな未央君を見てからの聖麗さんの行動も、貴女の予想通りでしたか?」
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