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身代わり婚約者②
未央を替え玉にして篤人が婚約披露パーティーに出席している頃、テニス部は都内随一の強豪校との対戦試合の真っ最中だった。
ハルからペア解消を言い渡された秀一は、三年生の椎名と組んで圧勝した。
「秀ちゃんのお陰で、引退前にいい思い出ができたよ」と先輩に喜んでもらえて、秀一は照れ臭い。
「オレ、ハルの試合観てきます」
椎名に断り、秀一はシングルスに出ているハルのコートに向かった。
対戦相手が有名人なのか、コートの周りには人だかりが出来ている。
秀一の試合の時もそうだったが、女子の観戦者がやたらと多いのは、夏休みならではの光景だ。
秀一が近づくと、金網前にいた女の子たちが場所を開けてくれた。
試合は二セット目に入っていた。
(……ハル、一セット取られちゃったんだ)
「チュウタ!」
懐かしい呼ばれ方に振り返り、見上げると、甥っ子の賢人が立っていた。
「喜んで下さい」と賢人は満面の笑みだ。「俺、二学期からこの学校に転入します。お祖父ちゃんが学費出してくれたんです。寮にも入ることになりました」
「そうなんだ」と秀一は、また観戦に戻った。
「なんでもっと嬉しがってくれないんですか! 拗ねますよ!」
「嬉しいよ。でもハルがブレイクされた」
「高辻さんには無理じゃないですか? 相手、ジュニアランキング八位ですよ」
「ハル、調子悪いみたい」
「俺だったら、もっといい勝負になりますよ」
「オレにも勝てないのに?」
「あれから猛練習しました。チュウタは魔女でしょうが、俺は天才ですよ。入部したら、ここにいる奴ら全員、潰しにかかります」
「賢人は中等科の二年だよね。先輩への言葉遣い、気をつけて」
「了解っす」
最後はハルのダブルフォルトで試合終了となった。
「(……荒れてんな)オレ、ハルのところに行ってくる」
ハルを追いかけようとする秀一に、女の子が声をかけてきた。
「鷲宮君」
顔は見覚えあるが、名前は出てこない。
たぶん同学年のテニス部の子だ。
「今度のミックス大会、ペアになってくれない?」
「……そんなのあった?」
「三年の追いコン試合」
やはり思い出せないが、断る理由も見つからない。
「いいよ」
女の子はスマホを取り出した。「LINE交換しようよ」
秀一とLINEの交換を終えた女の子は、「ありがとう」と笑顔で去って行った。友達なのか、女の子の集団とキャアキャア騒いでいる。
「チュウタ、いいんですか!」なぜか賢人は怒っていた。「あの女、並以上かもしれませんが、チュウタよりブスじゃないですか!」
「賢人、口悪すぎる」
「厚かましいにも程があります!」
「ミックスのペア組むだけじゃないか」
「俺と組んで下さい」
「男ダブに出よう」
「ミックスがいいです」
「(意味わからないよ)ハルの様子見てくる。賢人はまだいる?」
賢人は口をへの字にしたまま、うなずく。
「戻ってきたら、中等科のコーチと部長に紹介するよ。それまで大人しくしてるんだよ」
「ワン!」
挑戦的な目つきで女子の集団を睨む賢人を残して、秀一は部室棟に向かった。
テニス部の部室前には、一年のテニス部員に混じって怜司が立っていた。
部屋の中から鈍い物音がする。
「ハルが鍵をかけて出てこない」と怜司。「何か壊してるみたいだ」
秀一はドアをノックした。「ハル、開けて!」
音が止んだ。
しばらくして、鍵が開く音がする。
秀一はそっとドアを開けて中に入った。
他の部員も入ろうとするが、怜司が止めた。
薄暗い部室で、ハルはベンチに座っていた。
ハルの左拳から流れる血を見て、秀一はギョッとなった。
部室の壁に穴があいている。
秀一は救急箱を持ってくると、ハルの隣に座って手の消毒を始めた。
さすがに利き手は避けたようだが、ひどいケガだ。
(オレ達、夫婦だったことがあるんだな)
こうして手を握っていると、ハルとの過去世が思い出された。
『あの人』に夢中になって、ハルを酷く傷つけた事も思い出す。
(だから秘密を作られるのが、嫌いなんだね)
「オレ、好きな人がいるんだ」
言える範囲でハルには正直になろうと、秀一は決めた。
「電車に乗って、その人に会いに行った」
顔を上げたハルは、何か恐ろしい物を見たような顔をしている。
「相手の名前は言えない。そこは許してよ。それからこのことは、誰にも言わないで。その人と付き合っていること、知られたくないんだ」
ガーゼをしてテーピングをした。
あとは壁の穴を隠さなければと、秀一は周りを見渡した。
カレンダーを移動させるかと、立ち上がりかけたら、ポケットに入れたスマホがなった。
ついさっきLINE交換した女の子からだった。
『今から会わない?』とのメッセージに『今日はムリ』と返信した。
「一ノ瀬真子か」
スマホを覗いていたハルが、低くつぶやく。
「今度、ミックスに出るんだよ」と秀一は立ち上がった。
剥がしたカレンダーで、壁に開いた穴を塞いでいたら、ハルが突然腕を掴んできた。
「頭、下げろ」
言われた通り、秀一はその場にしゃがんだ。
ハルは匍匐前進しながらロッカーに向かうと、壁に背をつけながらロッカー上のダンボール箱を慎重に下ろした。
そして中から、何やら機械を取り出す。
「それなに?」
ポカンとする秀一に、ハルは険しい顔をした。
「盗撮だ」
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