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「さてと。けえるぞ虎太朗。支度しろ」 「開いてる窓は?」 「後で掃除の人らが閉めに来る」 「なあ親父。この屋敷に住んでるのは、どんな人なんだ?」  肩に道具袋をかけ梯子を持った虎太朗が、甘露寺(かんろじ)と書かれた木目も立派な表札を見ながら尋ねた。 「甘露寺邸は誰も住んじゃいねえ。何でも遺す価値のある建築物だとか。だから定期的に手入れされてるのよ」 「へえー。ただ古いだけじゃないのか」  庭越しに建物を見渡した虎太朗は、縁側の前に視線を戻した。 「あそこは手入れしなくていいのか?」 「あ? ああ。あの彼岸花は、うちらの担当じゃねえ。手入れしてる人も見たこたねえが、毎年綺麗に咲いとるし、別日にやっとるんじゃないか」  縁側に座って愛でられるようにか、敷石で楕円に囲まれた彼岸花たち。 「お前、彼岸花は全部一緒だって知っとるか」 「そんなん種類が一緒なんだから当たり前だろ」 「お前なあ。種類が一緒だって種が違えば別もんだろうが。花だって人と一緒だ」 「なら彼岸花だって」 「彼岸花は種を持たねんだよ。球根が分かれて繁殖したもんだからアレよ。全部クローン。遺伝子が、おんなじなんだと」 「そんなん聞いたら、綺麗さが逆に気味悪いな」  眉間に皺を寄せた虎太朗は屋敷に背を向けた。
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