ついに

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ついに

   それでも海は楽しかった。久しぶりに何も考えずに遊ぶ時間。大好きな人たちと過ごす時間。祐斗は幸せを感じていた。3泊4日はあっという間に過ぎて行った。  帰りの車の中で疲れて眠っている祐斗を見てセナが呟いた。 「いろんなところに連れて行ってやりたい」 「いいと思うよ。どれだけ日本にいられるか分からないんだ、今のうちにあちこち連れて行けよ。家の方はいいから」  タツキの優しい言葉に心が安らぐ。 「そうさせてもらうよ。タツキ、お前性格が柔らかくなったな」  つい余計なことを言ってしまった。途端にタツキがへそを曲げる。 「柔らかくなったのはお前の方だろ、セナ。すっかり”いいお父さん”になって、そんなんで一族を統制できんのか?」 「余計なお世話だ」 「さっさと次期後継者を作っちまえば面倒ごとも減ると思うけどな」  そうなのだが。一族が祐斗を非難の対象にしているのは、セナが結婚を渋っているせいだ。何人か純血の子どもを生ませてしまえば務めも軽減されるはずだ。 「お前も”種馬”になれっていう口か」 「いいじゃないか、それでも。祐斗の居心地が良くなるのは事実だぞ」  考えたくない。セナとしてはその話から逃げ回りたいのだ。  それからも祐斗と二人、北海道だの岩手だのと旅を楽しんだ。たまに温泉には4人でいくこともあった。 「これは国に帰ったら無いもんな」  アキラはいたく温泉が気に入っている。実はタツキも温泉を好きになっているのだが、素直には言えない。 「風呂に入るのにはるばる荷物を持って移動するなんて時間の無駄だろ」  だが、家に残るとは言わないのだからたいして文句が無いのは確かだ。  8月も半ば。旅行の帰り道、セナの携帯が鳴った。知らない番号だ。車を止めて外に出た。三人が何ごとかと車の中から見ている。 「はい」 『朝野宏さんですね?』  この名前は修学旅行の申込書に記載した保護者の名前だ。ついに来た連絡でセナに緊張が走った。 「はい、そうですが」 『こちら朝野雄太くんの修学旅行の体験コースを受け持った正城学園(せいじょうがくえん)ですが』 「はい、先日はお世話になりました」 『朝野雄太くんがひどいケガをしたという報告を受けているんですが、その後様子はいかがですか?』 「大したケガではなかったんですよ。今はもう治って普通に生活しています」 『そうですか…… 学園の方としても一応報告書を上げなくてはならなくて。一度お二人揃ってこちらに手続きに来ていただきたいのですが』 「申し訳ありません、今は仕事が忙しくて」 『たいしてお手間は取らせませんよ。ちょっとした手続きだけですから』 「急ぐんでしょうか」 『なるべく早い方が有難いんですが。今週中においでになれますか?』 「考えてみます」 『申込書にあったご自宅の記載、間違えてらっしゃいませんか?』 「そうでしたか? 申し訳ないことをしました」 『その点も訂正が必要で。ちょっとした事務手続きの一環なのでどうぞご協力ください』 「分かりました。また改めてご連絡差し上げます」 『お待ちしています。できれば今週中に。どうぞよろしくお願いします』  タツキとアキラには全てが聞こえている。祐斗は切れ切れにしか話が聞こえていない。 「なに? 深刻な話?」 「祐斗、落ち着いて聞いてくれ。修学旅行で参加した学校からの連絡だった。事務手続きが漏れているから二人で揃って来てくれと」  祐斗の顔色が変わる。 「どうするの?」 「この携帯は始末する。大丈夫だ、足がつくことは無いから」 「でも」 「大丈夫。心配するな、お前のいどころは誰にも分からない」  とうとう捜索が始まる。ほとぼりが冷めるまで日本を離れる日がやってきたのだ。  
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