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夜10時半。4人は神戸の港で車の中にいた。
セナは時間いっぱいまで祐斗と大阪のテーマパークで過ごした。平日だからたいして混みもせず祐斗は楽しんだが、その心の奥ではこれで日本ともお別れなのだと言う思いに息が詰まりそうだった。
(もう日本語も聞かなくなるんだ……)
焦燥感がこみ上げてくる。泣きたい、それが膨らんで、唐突に祐斗は泣き出した。
「祐斗……必ずまた日本に来るから」
「うん……父さん、必ず、だよね?」
「必ずだ。約束する。俺がお前を連れて来てやる。絶対にだ」
祐斗の寿命がどうなるのか分からない。けれど遅くとも10年経ったら日本に連れて来てやりたい。あのログハウスでひっそり暮らすのもいい。そう思う。けれど今はダメだ。すでにヴァンパイアセンターは動き出しているのだから。
「船が来たら連絡が入るの?」
「タツキの携帯にね」
「迎えに来るのはヴァンパイア?」
「人間だよ。乗員は全てヴァンパイアの検査も受けるからね」
「父さんたちはバレないの!?」
「乗組員は船長も含めて記憶を操られてるんだ。俺たちは密入国者になる。大丈夫だ、三人もヴァンパイアがいるんだからどんな緊急事態だって突破して見せる」
念のため、と言って船内捜査だって入るかもしれない。その時には三人で催眠を使いまくるだけだ。だが、過去に脱出で厄介なことになったことはない。上海ではすぐに案内に世話になるからそうなれば安全だ。
「犯罪者に……なるんだね。密入国者って言う……」
「……ごめん、祐斗……なにもかも父さんのせいだ。ごめん」
「僕を……育てるのに一生懸命だったんでしょう? 分かってる。分かってるから」
そう、分かっているのだ。父は自分を大切にするあまり、血を飲ませていたのだと。けれど……そう簡単に割り切れるものじゃないのも事実だ。祐斗は必死に自分に言い聞かせている、仕方が無かったのだと。
(父さんと別れるよりいい。そうだよ、別れるよりずっといいんだ)
その思いにしがみつく。
タツキの携帯が鳴った。タツキが流暢な英語で話し出す。
「近くにいる。もうそっちに行っていいのか?」
『構わない、待っている』
タツキは三人に頷いた。いよいよだ、日本との別れだ。
車から降りて潮の香りのきつい中を歩いていく。船はそれほど大きくはなかったが、立派な客室が7部屋あるという。
タラップを踏む時、祐斗は後戻りしたくなった。心臓が早鐘を打つように激しく鳴る。息が……詰まる。
「とう、さん、息が、」
途中で足が止まってしまった祐斗の背中をセナは撫でた。
「大丈夫だ、父さんが一緒だ。祐斗、大丈夫だよ」
「おね…… さいみん、かけて、おねがい」
セナはつばを飲み込んだ。それでいいのだろうか……祐斗は後悔しないだろうか…… けれど祐斗の目は必死に訴えていた。セナの目が赤くなる。
『祐斗、お眠り。父さんが起こしてやるまで眠るんだ』
すぅっと祐斗の体から力が抜けていく。セナは祐斗を抱き上げた。
「いいのか? それで」
タツキが聞いた。
「いい。船が出たら起こすよ」
「可哀そうに…… こんな思いさせたくなかったね」
アキラが祐斗の頭を撫でた。セナはぎゅっと祐斗を抱きしめてタラップを上って行った。
充分日本から離れた海の上。セナは祐斗を起こした。
『起きるんだよ、祐斗』
祐斗の目が開く。しばらく無言だったが小さな声が船室の中に響いた。
「もう……海?」
「そうだよ。まだ日本の夜景が見えるよ。見に行くか?」
「……うん。見たい。最後だから」
船室を出て階段を上っていく。風は優しく吹き、波の音が夜の海を支配していた。
「……遠いね。こんなに……」
セナは祐斗の肩を引き寄せた。
「父さんがお前を守っていく。俺たちの間では日本語で話そう。タツキもアキラもそう言ってるよ、日本のことが好きだから」
祐斗の頬が濡れた。そのまま父と二人、離れていく都会の明かりを見つめていた……
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